旅する少女と強化の魔導書(中)

 村から少し離れたところ、開けた場所にテントを立てて、私たちは休憩をしていました。最初からここを拠点に動くつもりだったのでしょう、防寒に優れたテントと暖かなランプが過ごしやすい空間を作り出しています。

 女性もここでは必要ないと防護服を脱いでいます。ポニーテールの似合う、黒い髪の方でした。


「へぇ、それで旅を。それじゃあ呪いを受けた土地もいくつか?」

「ええ、見てきましたよ。ここより酷い場所は両手で足りるくらいしか見てませんが」


 に会うのは久しぶりだという彼女に、私はいくつかの旅の話を。トイはといえば、女性の横で同じように私の話を聞いています。


「そうか……まあ、見ての通り。別の土地をそのまま持ってきたような状況だからね」


 ここより酷いところは、どんな風だったの?

 純粋な好奇心をもって、女性は私に問いかけを。記憶の中から考えて──一番真っ先に浮かんだのは、あの場所。


「とある、湖の近くにあった小屋ですかね。元々は奇麗な自然に囲まれていて、とても過ごしやすい場所でした」

「……それが、どうなったの?」

「全部なくなってたんです、更地に、とかいう話でもなく。真っ黒に覆われていて、見ることすら叶いませんでした」


 あの光景を見た時のことは、今でもはっきりと覚えています。はっきりと感じた言いようもない恐怖と、少しの後悔。


「そう、か……まだこうして形は残ってる分、ここはマシなほうかもな」

「変わりませんよ。歪みの生んだ呪いで、人が住める場所じゃなくなった。ただそれだけの話ですから」

「まったく、どうしようもない話だね。呪いに詳しそうだけど、解決方法とかみつけてないの?」


 冗談めかしたその問いに、私も少し大げさに首を振って応じます。強い感情は浸食を止めることができますが、すでに食べられてしまった分についてはどうしようもありません。


「なあ、あんたはこれからどうするんだ?」

「どうする、とは?」


 話の流れを切るように、トイが言葉を発しました。女性は少し怪訝そうな表情。まあ呪いの話なんて、してても面白い話ではないですからね。話題を変えてくれるなら何よりです。


「後処理人って言ってたけど、埋葬もするのか? 1人じゃ重労働だと思うが」

「──ああ、本当は、そうしてあげたいんだけどね」


 できないんだ、残念ながら。と、その女性は言いました。とても、とても悔しそうな声音で、そう言いました。


「出来ない、と言いますと?」

「決まりでね、特定の道具を使った火葬以外は、私たちの村では許されていないんだ」


 そういいながら、彼女は懐から火打石のような道具を取り出します。そして、旅の話のお礼にと事情を説明してくれました。


 彼女の住んでいた、つまりもう滅びたあの村では、炎の神様を祭っていたこと。

 そのため、弔う際は神様の加護を授かった火打石で起こした火を使い、火葬するのが原則だったこと。

 しかし、呪いによる悪天候により、村の周囲での火葬が難しくなったこと。


「まあ、それでも今までは外まで連れ出してからすればよかったんだがね」

「はやり病……感染の恐れがあるものを、外に出すわけにはいかない、と」

「うん、そういうこと」


 彼女がこの村に来たのは、まだ生きている人がいるかの確認であり。命じられたことはそれだけでした。死体だけになった後、それを葬送しろとは言われていなかったらしく。


 それはつまり、死体は放置しろ、と。事実上、そう宣言されたのと同じことだったそうです。


「では、なぜあなたはここに? タイミングを考えるに、遠くからでも監視はできたようですが」

「……先生、それは」

「そんなの、決まってるじゃないか」


 不思議と、彼女の表情が悲しそうな笑顔に変わります。

 どうしてかわからない私は、彼女の次の言葉を待って。


「少しでも、しっかり弔ってあげられたら。なんて幻想に縋ってしまうんだよ」


 それは本当にさみしそうな声で。

 なるほど、と。納得がいきました、理解ができました。火打石をわざわざ持っていた理由も、わざわざ足を踏み入れていた理由も。


 ──しっかりと弔ってあげたい、という気持ちは。痛いほどわかりますから。


「なるほど、死体の火葬。それが、あなたの望みですね?」


 一度、静かに息を吐きます。


「おっと、乗り気になってくれたところ悪いが、依頼ができるような手持ちはないんだ」

「いりませんよ、お金なんて」


 この言葉には、女性より先にトイのほうが驚いた顔を浮かべました。まあ、無理もありません。こんなこというのは初めてですし。


 もちろん、何も考えがないわけではありません。私は鞄から一冊本を取り出して、左手に持ったまま言葉を続けます。


「ただし、この場きりです。本の貸し出しは出来ません、どうしますか?」

「それは、どういう……」

「強化の魔法、です。道具の性質を向上させる魔法。もちろん、あなたが望むのであれば、ですが」


 少しだけ、間が空きました。

 彼女はその数秒で、どこまで思考を続けたでしょうか。私はそれを静かな笑顔で待ち続けます。


「正直に言えばね、話がうますぎてまったく信用できない。詐欺かなって思ってるよ」

「理由が欲しいなら。私が生きるためには強い感情が必要で、もう持っている魔法であなたからそれが貰えるなら、私にとってお得だという話です」


 表情を変えずに、私はそんな言葉を返しました。女性は少し苦笑いを浮かべて、そして先ほどよりも弱弱しい声で。


「それじゃあ、少し縋らせてもらおうかな」

「ええ、では。魔導書の依頼、承りました。少々、お待ちくださいね? それと、そちらの火打石を」


 私が静かに手を差し出すと、彼女は素直にそれを手渡ししてくれます。落とさないように握りしめて、少し席を外すので、とテントの中を出ようとした瞬間。


「行く前にさ、建前じゃない、本当の理由を教えてくれない?」


 そんな声が後ろから聞こえて。私は、優しい声でこう答えるのでした。


「上手に弔ってあげることができなくて、公開したことがある女の子を、私は知っていますから」



 ◇



 火打石を、一度地面において。

 深呼吸、次に周囲の確認をします。人影はいません、いても問題はないといえばないのですが、それでも万全は期すべきですから。


 左手の本を強く握りながら、頭の中にイメージを置きます。図形を、そこにつける効力を、表を埋めるように頭の中に当てはめていって。


 そして、思考の邪魔になりそうだったので。私は、手の本を地面に落としました。

 ──を、落としました。

 誰もが、秘密を持っています。私はこのことを、誰にも言うつもりはありません。


 1つだけ、物を強化する魔法だけ。使、なんて。

 そんな余計なことを誰かに言う理由なんて、どこにも落ちてはいないですから。

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