旅する少女と強化の魔導書(上)
雪の降る平原を、1台のバギーが走っていました。
風通りのいい、屋根のないタイプのバギーです。晴れた日にはいいですが、雨が降っているときや、今日のような降雪時にはちょっと困ってしまいます。
「にしても、急に降ったな」
運転席の青年が、ため息交じりに呟きました。普段から着ている白いコートの上から、暖かそうな毛皮を被った姿です。
ハンドルを握る手を冷たそうにしながら、彼は後ろの方を見ました。先ほどまで通っていた、雪など一切見えない道を見ました。
「どうやら、この辺りは特に呪いの影響を受けているようですね」
そんな青年に対し前を見るように注意しながら、助手席の少女は返事をします。
こちらは普段の衣服を脱いでおり、代わりにもこもことした毛布の防寒服を着こんでいました。少しでも温まろうとかわいらしく体を丸めています、そう、つまるところ私です。
魔法使いの服装は、単に雰囲気作りのためですから、こういうところではどうしても実用性をとってしまいます。好きなんですけどね、あの服も。
「雪の積もり方からして、ずっと前からこれでしょう。温度でも食べられたんでしょうか」
「……つくづく、怖いもんだな」
走行中、見えない壁でも挟んだかのように急に気温が下がりました。
気候の変動、呪いが環境に与える大きな影響の一つです。熱くなる、寒くなる、川が枯れる、洪水が起こる。歪みによっておこる現象は様々ですが、呪いの規模によって範囲は明確に決まっている様子。
まあ、ここまで明確に区切られているのはなかなか珍しいですが。昔このあたりで大規模な魔法実験でもしたのかもしれません。
「道中、黒いものを見つけたら注意してくださいね。飲み込まれたら助かりませんから」
「はいよ、先生も見張っててくれよ?」
「ええ、もちろん」
◇
「先生、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです……」
道を進むにつれて、あるいは中心に近づくにつれて、だんだんと寒さが増してきました。私より軽装なトイは、なんでこの状況でもさっきとあんまり変わらないんでしょうか。単純に私の体が弱いだけかもしれませんが。
「俺の分の毛皮も使うか? ちょっとはあったかくなると思うが」
「流石にそれは……一緒に使うとかは」
「運転妨害、だいぶ頭回ってないな?」
「かもしれません」
だんだんと道にも雪が積もってきて、バギーの進みもゆっくりになっています。今はまだ昼間ですが、夜になればもっと寒くなるかもしれません。今からでも切り返して引き返すべきでしょうか、私のその考えを察して、トイもアクセルを緩めたところで。
「ん……あれ、村か?」
「ふむ……? 確かに、柵のようなものが見えますね」
道から外れて、木々が並ぶその先に、なにかしらの人工物が見えました。ちょっと無茶な運転にはなりますが、ぎりぎりバギーでも行けそうな場所です。
「寄るか? 先生に任せるけど」
「せっかくですし、寄ってみましょうか。あなたの故郷かも知れませんし」
「だったらちょっと辛いな、住むには寒すぎる」
「バッサリ言いますねぇ」
この会話、村の人に聞かれていたら即刻追い出されそうですね。
ぼんやりとそんなことを思って──そんな考えは、すぐに杞憂のものになりました。
村の周りを囲む柵の入り口には石造りの入村審査所のようなものがあって、しかし門番のような人はたっていません。試しに声をかけてみますが、返事がくることはなく、ただ風の音が響くばかり。
「厳しい寒さに耐えかねて住民に捨てられた村、って感じか?」
「ふむ……柵がちゃんと手入れされているので、いなくなったとしても最近でしょう。あるいは──」
と、私が考えを述べようとしたところで、遠くから何かが倒れるような音がしました。明らかに不吉な予感がする音ですが、中で何かがあったようです。
バギーを──本来はよくないことですが、審査所の中に止めて、慎重に中の様子を覗きます。村の中も、相変わらずの銀世界が広がっていて。その中に一つ、人間が落ちていました。
当たり前ですが、外でならいざ知らず村の中で人が倒れているなど、尋常のことではありません。
どうしたものか、ここで引き返してしまうのも1つの選択かと考えて。
「ああ、旅人さん。ここから先へは行かないほうがいい、危険だからね」
突然後ろから声がかかりました。
全身を防護服で包んだ、背の高い人が立っています。くぐもっていてよく聞こえませんが、声の感じからして女性のようです。
「──ああ、やはり……はやり病ですか」
「おっと、よくわかったね」
「では、彼が最後の1人ですか」
私の問いかけに、彼女は肩をすくめるようなしぐさで答えました。
「まてまて、なにがではなのか説明してくれよ、まったくわからん」
横からトイが声を挟みます。
「彼女が防護服で来ているということは、ここはそういう装備をしないと危険な場所、ということです」
「それはまあ、そうだろうな。趣味で着る奴はそうはいない」
「先ほどあなたは『耐えられず移民した』と言いましたが、もう1つ。人が死ぬことでも、村から人の気配は消えます」
ここまでの説明を聞いて、トイは静かに「ああ」と一言漏らします。
そして防護服の女性のほうを向くと、
「だからはやり病、か。じゃあそこの人は隔離された病人で……最後の1人が死んだから、こうして外から人が来た」
「おそらくは。つまりここは捨てられた村というより……捨てられた人の住む村、というべきですね」
「ああ、うん。おおむねその通りだ、説明が要らなくて助かるよ」
話を聞いていた女性が、感心したような声を漏らしました。ややあって、彼女は両手を広げて、少し明るめの声で言います。
「ようこそ、終わった村へ。私はここの後処理人で……元村民だ、よろしくね」
その顔が、防護服の奥で泣いていたかどうかは──私より、トイのほうが察せられることでしょう。
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