打ち上げ花火と穴の魔導書(下)

 先生の喋ることは、基本的には正しいことだ。

 周りの状況や、相手の言動、行動。確かな情報と不確かな情報を組み合わせて、嘘と本当を見抜くことが出来る。そうして導き出した正しい答えから、相手が望むものを作ることも。


「それじゃあ、アルスさんは綺麗な景色を求めて旅をしているのね。まだ若いのに2人旅なんて、立派だわ」

「いえいえ、若気の至りというやつです。実際、彼がいてくれなかったら死んでいたということも、1度や2度ではないですし」


 少年の案内で宿屋に着いた俺達は、彼の母親からちょっとした歓迎を受けていた。

 息子と同じくらいの歳の女の子が、自分の意志で旅をしているという事に感激を受けたらしい。ちょうどお客の方も少ない時間だったので、こうして共に夜ご飯をいただく流れになっている。


「なんて言っているけど、そこのトイさんから見てどうなの?」

「俺から見ても、先生はすごい人ですよ。それに、いてくれなかったら死んでた、なんて感謝をするのは俺の方だ」

「記憶喪失、だったかしら? 大変ねぇ、帰る場所もわからないなんて……旅の中で見つかればいいけど」


 でも、綺麗な景色が見たいなら、ちょうど花火大会の前日に来てくれて良かったわ。

 そんな会話をしながら、俺と先生の前にご飯が置かれていく。パンと、鶏肉が入った赤い色のスープ。ふんわりと上がる湯気と、広がる香りがどうにも食欲を誘う。


 いただきます、と一言。続いて手を伸ばす──先生の皿の方から。宿屋の主人は少し驚いたような顔をするが、先生は全く動じた様子がない。これも何度も繰り返してきた行動の一つだ、今更驚くようなことでもない。


「……美味いです。少しだけ辛みがあるのは、ポポの実ですかね?」

「あら、気づいた? そうなの、この辺りではよく採れるのだけど、鶏肉との相性が良くって──」


 続く会話を横目に、先生も料理に手をつける……これは、自身のところから。

 先生は、食事中あまり喋らない。だからこういう場面で話すのは俺の役割だ。街の外で見かけた生き物の話、今まで行った国の話。名前はおろか、自分がどこの生まれで何をして生きていたかも忘れてしまった、俺の記憶喪失の話。


 先生は助け船を出してはくれないようで、そのまま数十分会話を続ける。まだ準備しなきゃいけないことは残ってる、そろそろ動き始めておかないと遅れるかもしれない。


「ごちそうさまでした、美味しかったです、とても」

「あらアルスさん、もう食べ終えちゃったの? おかわりは──」

「お気になさらず、小食なものでして。旅のおかげで食事は早くなったのですが、こればかりはどうも」


 立ち上がりながら、先生はこちらに目配せを。意味はハッキリと伝わってくる、早く切り上げて話し合いましょう、だ。


「それじゃあ、俺もこの辺りで。あんたもゆっくり寝ろよ、明日は念願の花火なんだから」

「うん! 楽しみにしてる!」


 ほどほどで話を切り上げて、先生のいる部屋へと戻っていく。

 扉を開ければ、すでに彼女は一冊白紙の本を開き、横にペンと光を放つ瓶を置いて待機していた。


「──それでは、さっそく始めましょうか」


 やんわりと笑みを浮かべる彼女の姿は、2つ下とは思えないほど大人っぽくて真剣だ。俺も1つ呼吸を置いて、気を引き締める。そして、持っていた荷物を置いた。

 あの下水路で、壁に立てかけられていた板の破片。


「花火が見たい方と、それを叶えたい方。室内であるなら、実物を作るよりはそういう幻覚を見せる方が、何かと都合がいいと思いますが……トイは、違う意見なんでしょう?」


 こちらを見つける表情は、極めて真面目。だから、どんなに違和感を感じたとしても、こちらからも真摯に向き合わなきゃならない。


「先に、答え合わせをしてくるから。先生はちょっと待っててくれ」

「ええ、いくらでも」


 言葉を聞くとほぼ同時に、持ってきた破片へと右手をかざす。

 薄ぼんやりと、それでもハッキリ、手の甲にある痣が赤色に光り始めた。頭の中に流れ込んで来る声、目の前にいる彼女のものでも、まして下にいる少年やその母親のものでもない。


『祝福』と呼ばれるものらしい。

 極めて稀に起こる、生まれつき身に宿る特別な力。魔法とは違う、正真正銘なんの代償もない、神様からの授かり物。


「ああ、いや。先生は賢いよ、ただちょっと疎いだけだ」


 。記憶にはないけど、生まれたときから持っていたらしい力。

 頭の中に直接流れ込んでくるのは、先ほどまでの会話を聞いてこの嬢ちゃんはあほなのかと聞いてきたこの声は、持ってきた板の声だ。当然、これは俺にしか聞こえていない。


「まあ、そう思うって事はお前もわかって……というか、聞いてるんだろ?」


 確認を取る、返事が来る。一見異様な一人芝居を、先生は静かに見守っている。

 もう一言、二言。会話を交わして確かめて、先生と違って断定は出来ない、だからしっかりと確かめていく。


「うん、わかった、ありがとう」


 そして、かざした手を離す。


「だからさ、先生。花火を見たいも、見せたいのも、きっと本心なんだろうけど……魔法を見せられても、まだ夢を見きれてないんだ」

「ふむ……夢、ですか」

「ああ、だから……本当は、ただ花火って物を見せたいんじゃなくて。外に出て、一緒に花火をしたくて。きっと、それをどこかで諦めてるんだと思う」


 ああ、と。

 先生は、静かに息を吐いた。


「──それなら、わかります、わかりました。それじゃあ、解決しましょうか」


 こちらから視線を外して、先生は椅子に腰をかけた。

 置いていたペンを手にとって、淀みない動作で白紙の本に図形を描いていく。


「空間系の魔法、は規模が大きすぎますね。慣れてきてからはともかく、初手で事故っては大問題です。壁を壊す、物理的に? 一番手っ取り早いですが、音と外見をどうするか。それこそ幻覚系の魔法を混ぜて──」


 魔導書を作るための条件を、聞いたことがある。

 1つ。今はもう禁じられた魔法、それに関する知識を持っていること。彼女がそれをどこで手に入れたかは知らない、それでも。


「壁の崩壊を隠して、風等が通り抜けないようにコーティングする。悪用されないためには? 破壊できる素材を限定する、条件付けると複雑になるんですよね──」


 持てる知識を総動員して、魔導書を作る彼女の姿は。そう、心から感じた。

 その姿に見とれて、時間も忘れていた頃。ふぅと1つ息をついて、先生がペンから手を離す。そして俺に瓶を手渡すと、満足げな笑顔を浮かべながら、言った。


「壁に穴を開けて、全く同じ景色の幻覚で隠す魔法。少し仕組みを複雑にしてしまったので……もしかしたら倒れるかも知れませんが、その時はよろしくお願いします」

「……そりゃあまた、随分張り切りましたね」

「ええ、まあ。少し重ねてしまいましたから……では、いきますよ」


 魔導書を作るための条件、2つ目。それを最初に聞いたとき思ったのは、本当に性格の悪い仕組みだな、だった。


 本に向かって力を込めた先生の身体から、黒いなにかが噴き出た。痙攣、押さえ込むような悲鳴を上げて、何かをせき止めるように口に手を当てる。

 急いで瓶を開ければ、中に入っていたきらきらが飲み込まれるように黒に消えていく。この奇怪な現象がなぜ起こるか、それは瓶の中に詰められた物が『物質化された感情』で──呪いと呼ばれるなにかの好物が、強い感情だから、だ。


 魔導書を作るには

 彼女が、どうして呪われたか。聞いてもいないし話してもくれない。


 ただ、1つ言えるのは。無償の魔法など、存在しないという事実だけ、だ。



 ◇



 打ち上げ花火が、夜の空に明るく花を咲かせています。


「ボーアのエンジン良し、食料良し。先生、瓶の様子は?」

「おかげさまで。喜びがいっぱい詰まりましたよ、これで少しは困らなそうです」


 国の出口、バギーに乗って会話をしながら、私たちは花火を見ていました。なるほど名物にするだけあって、見てるだけで圧倒されるような光の芸術が次々とそれを描いています。


「それにしても珍しいな、先生が黙って客から距離を取るのは」

「感動の初対面に、私たちがいては邪魔でしょう」

「それもそうだ……あの客は、幸せにやりますかね」


 バギーの点検を行いながら、祝福を宿す青年は遠くを見るように呟きます。


「さあ、私に出来るのは、提供することまでですから」

「それにしては、随分サービスいっぱいに見えたが?」


 火薬の音に消されながら、エンジンが動き始めます。


「優しすぎますかね、私」

「いや、先生のいいところだと思うよ」

「おだてても、何も出せませんが」

「乗っけてくれるだけで十分だ」


 打ち上がる花火に背を向けるように、バギーが走り始めました。

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