打ち上げ花火と穴の魔導書(中)

 そもそも、魔導書とは何かというお話。

 もはや常識のこととして、魔法は世界を歪ませます。それがたとえどれだけ便利なものだったとしても、使用するだけで『呪い』が──人の体と心を食べて、土地すらも浸食する。消す方法は存在しなくて、唯一ことで、少しだけ浸食を抑えられる。そんなを引き起こすとなれば、大抵の人は使用をやめるものです。


 では、そんな夢のような……悪夢のような魔法が。もしなんの代償もなしに使えるとしたら、どうでしょう。

 本の中にかいてある魔法に限り。何度でも、代償もなく、同じ質で使うことが出来る、そんな便利な代物。魔導書とは、そのような夢の道具のことを指しているわけです。


 ──さて、当然ではありますが。そんな便利な道具が、例えば商人達もわざわざ買わないほどありふれた、有名な小説作品のように各地の本屋に数冊置かれているのかと言えば、それにはいいえと答えるしかないでしょう。

 製造方法は不明、書き手の記録も残っていません。魔法が許されていた時代では、そもそも作る理由もなかったでしょう。誰もが使える万能の奇跡と比べてしまえば、同じ魔法だけが使えるというだけの本など価値はありませんから。


 古びた家から、片手で数えることが出来る程度。

 存在する、ということが確認されているだけの、それこそ『祝福』と同じぐらいにはおとぎ話の中の産物、それが世間一般的に魔導書と呼ばれている本の正体です。


 ですから。


「あの……魔導書、って。本当の話?」


 今こうして、『魔導書作りの依頼、承ります』なんてかかれた看板を店に掲げる少女も。その隣で、思ったより早く来ましたね。なんて呟く青年も。

 そんな2人に、おずおずと、という言葉が似合いそうな様子で話しかけてきたこの少年も。常識的な人から見れば、さぞかし滑稽な人達のように映るでしょう。


 常識と違うのは、1つ。


「ええ、もちろん。まずは、あなたの話を聞かせていただいても?」


 こうして店を開いている少女……つまり私が、魔導書の作り方を知っていて、作ることが出来る存在である、ということです。



 ◇



「炎を起こす魔法を、作ってほしいんだ」


 私とトイの前、カウンターを挟んで向こうの方に座りながら、その少年は声を発しました。普段からよく人と話しているのでしょう、その言葉はハッキリと大きな声で、しかしその奥には少しの不安が見え隠れしています。

 魔導書、なんていう物語で出てくるような本。そんなものが頼りになるのだろうか、という不安でしょう。それでも話さずにはいられないという決意のようなものには、素直に好感が持てます。


「炎を起こすだけなら、別に魔法に頼る必要は無いだろ。バギーの燃料売ってるような国なんだし」


 言いながら、トイは少年の前に飲み水を置きました。

 少年は少し次の言葉に悩んだ様子で水を受け取ります。そのままちょっとした間を置いて、


「え……っと、その。友達と一緒に花火が見たくって、俺がぱって炎を打ち上げられたらかっこいいかなーって……」

「嘘だなそれ、わかりやすすぎる」


 詰まりながら出てきたその声を、彼はばっさりと切り捨てます。

 目は伏せがちで、明らかに普段慣れていない嘘をつこうとしているのが私からでもわかりますし。この国の名物が花火であることもすでに確認済みです、とっさに嘘をつこうとしてこぼれ出てしまったのでしょう。


「……とはいえ、わざわざこんな胡散臭いとこに来るんだ。なんか事情があるんなら、正直に話してみろって」


 俺はともかく、こっちの先生は上手いことなんとかしてくれるから。

 そういいながら、彼はこちらに顔を向けます。それに対して私は笑顔で返事を、そして自信満々と言った顔で客の方へと向き直ります。必要なことは、お客さんからの信頼を得ること、そのために必要な技術は大体頭の中にあります。

 無言と、自信に溢れたような表情。その2つに対して安心感を持ってくれたようで、少年は「誰にも言わないなら……」と、控え目に確認を取ってきました。


「もちろん、誰にも言うつもりはありませんよ。私たちは旅人ですしね」


 しっかり声に出して伝えると、少年は椅子からすっと立ち上がります。怪訝そうな目でそれを眺めている隣の青年、その視線も気づけていないような状態で、少年は付いてきて、と一言告げるとその場から動き始めます。


 ──危うく、置いて行かれるところ。私がとっさにトイに目配せをすると、彼はわかったように頷きました。事前に取り決めはしていたので、店を片付けてからこちらに合流することでしょう。

 少年の足があまり速くなかったので助かりました。少しふらつく足でどうにか追いつくと、たどり着いた場所は軽い谷の様な地形を流れる川──その横、坂をくりぬくように出来たトンネルでした。大きさは、大体子供が通れる程度。


「……ここ、入るんですか?」

「うん、足下滑るから気をつけてね」

「はあ、まあ……いいですけれど」


 少しかがみながら、躊躇いなく前を行く少年に、内心で少しため息を付きながらついていきます……それにしても、と私は外から見た様子を思い返しました。

 この先、見た限りでは他の家と比べても大きめの屋敷に繋がっていたように思えます。となると、この道は下水道としてそこに繋がっている、と考えるのが早いのですが。いったい、そんな場所になんの用事なのか。


 そんな風に思っていると、少年がおもむろに足を止めました。目の前の壁に立てかけられた板をどかすと、そこには腕程度なら入るかなと感じるくらいの大きさの穴が。

 何をするつもりなのだろう、と。少年の様子を見つめていると、彼はおもむろに穴の方に口を近づけて、


「おーい! 遊びに来たぞー!」

「おー、今日は早いねー!」


 ややくぐもった声が帰ってきます。

 そのまま数刻、彼は穴に向かって会話を続けていました。途中合流したトイが、しばらくその他愛のない話を聞いて。


「友達との会話……って感じか?」


 そんなことを耳打ちしてきます。


「おそらく、そんな感じかと」

「はぁ……こりゃまた複雑な関係っぽいな」

「わざわざ、顔を合わせずにこんなところでお話ししてるわけですしね。おそらくは──」


 私が言葉を続けるのとほとんど同時、少年の方から声が聞こえます。


「あ……それでさ、花火大会なんだけど」

「あはは、ごめん。やっぱり、親が許してくれなくて」


 まあ、そういうことでしょう。どういう事情かを考えることは出来ませんが、あれだけ周りと比べても大きな屋敷に住んでいる方です。過程の都合で外に出ることが出来ない、なんてことも珍しいことではないでしょう。


「そっか……でもね! 安心して、もしかしたらなんとかなるかも知れないから!」

「……えっ? それってどういう──」

「詳しくは内緒! じゃ、また明日ね!」


 驚く相手の言葉を打ち切って、少年は板を立てかけ直します。

 続いて、先ほどまでの楽しそうな表情とは違う、真剣そうな顔をこちらに向けました。そして、おもむろに頭を下げます。


「あの……俺の家、宿屋で……どうにか安く泊まれるように頼んだり、頑張るからさ! あいつに見せるために、魔法で花火を作るの、手伝ってくれないかな!」


 その言葉を聞いて──私は一瞬、自分の服の内側を見ます。

 そして、親しみやすいように笑みを浮かべながら告げます。


「ええ、確かに。魔導書作りの依頼、承りました」


 顔を上げた少年の顔が、ぱっと明るく輝きました。

 弾むような、楽しそうな声。そのまま「それじゃ、家まで案内するね!」と明るい声で言うと、ゆっくり入り口の方へと歩いて行きます。


 少し、距離が開いて。お客さんに聞かれる心配の無い会話を、私はトイに振りました。


「嘘は、付いてませんね」

「そりゃあそうだろ、あれで嘘だったら流石に怖い」

「炎を出す、というのは向いていませんね。家の中が燃えてしまうかも」

「……どうするつもりで?」


 その問いかけに、私は言葉を続けます。


「そうですね……熱を持たない光による再現がすぐに思い浮かびますが。部屋の様子はわかりませんし、安全に行くなら幻覚の系統でしょうか」


 そこで、一呼吸。


「──嘘かどうかは見分けられます。情報の中で、最適を選ぶことも出来ます。なにせ、頭も顔もいいですしね、私」


 でも、それだけです。残念ながら、私が掬えるのは表面だけで、気づいていない願望までは見えません。

 そう告げると、トイはわかってますよといいたげな顔で頷きます。まあ、このやりとりも、彼をから数度目ですから。


 それでも、必要な……儀式的なことだと思って、私はこの言葉を言うのです。


「あなたの力が必要です。私を、手伝ってくれますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る