魔導書作り、承ります

響華

打ち上げ花火と穴の魔導書(上)

 昔、魔法は神様からの祝福である、と誰かが言った。

 今、魔法は世界を蝕む呪いである、と誰もが知った。


 普通とは違う、魔なる法則によって引き起こされた現象は、どうしようもなく世界を歪ませてしまうようで。


 そんな歪みから発生する『呪い』は、人の心や体のみならず周囲の環境も飲み込もうとします。呪いについてわかっていることは1つ。人の持つ、強い感情が近くにあると、それを優先して捕食するように動きを緩めることくらい。

 そういうわけで、世界を食べ尽くしてしまう前に、魔法は禁忌の技術として封印されてしまいました。


 かつては道無き空を自由に飛んでいた箒は、綺麗に整備された道をはみ出さないように進む機械に取って代わられたわけです。

 そう、ちょうど今、草原を走っているバギーみたいに。


「あー……先生、そろそろボーアの燃料無くなりそうだ、次の国で補給しよう」


 運転席には、青年が1人座っていました。年齢は16歳ほど、白いフード付きのコートから覗く赤い瞳と、右手の甲にあるアザが特徴的な男の子です。


 でこぼことした道でガタゴトと乗り物を揺らしながら、事故が起こらないように慎重に運転しています。

 周囲に他の乗り物の気配がない中、随分と感心できる運転です。もしかしたら、気にしているのは乗っている人ではなく──この、ボーアと名付けられたバギーの方かもしれませんが。


 さて、そんな青年に『先生』なんて呼び方で話しかけられたのは、助手席に座る少女です。

 こちらは年齢14歳、見るもの全てが振り返るような可愛さの、黒い髪をした女の子。


 特徴的なのは、その着ている衣服でしょう。物語からそのまま引っ張り出してきたような、ある種『模範的』ともいっていい服装。青を基調としたつばの広い三角帽子と、夜に溶け込むようなロングコート。絵本の中にいる魔法使いの少女そのもの、といった様子です。


 魔法というものが禁忌となったこの世の中において、こんな服装をする人間は3択しかありません。


 1つ、こういう衣服が心の底から好きな人。

 2つ、禁止されていても使ってしまいたくなるほど、魔法というものに傾倒した人。

 そして3つ、魔法に取って代わるような──例えば、魔導書を作ることが出来る、なんて特異な力を持った人。


 では、少女はこの3つのうちのどれでしょう。魔法使いの服装に憧れを持つ少女か、誰かから聞いた魔法の概念に魅入られた少女か。


 いいえ、どちらでもありません。なぜ、そんなことがわかるのかと言えば。


「そうですね、トイ。明かりに使う分も勿体ないですし、昼の間に少し速度をあげましょうか」


 少女の名前はアルス、つまり、私のことですから。ああ、いや。見るもの全てが振り返るような可愛さ、という部分は冗談ですから、本気にしないでくださいね?



 ◇



「道が続いてるってことは、この先にちゃんと国があるんだろうけど」


 また随分と、長い距離走らされてるな。

 隣席で運転しているトイは、そんなことを呟きました。


「話を聞いた限りでは、もう何日もかからないでしょう。食料に不足はないはずです」

「こりゃまた随分即答で、何がどのくらい残ってるのか把握しておいでで?」

「もちろん、まず干し肉が2日分。香辛料で味を整えたものと普通のものが6対4ってところですね。次に携帯食料ですが──」


 もういいです、聞いて悪かった。

 という静止の言葉を聞いて、私は一言「所持品の把握は旅人にとって必須ですよ?」と追撃をしておきます。


「……まあ、あなたの場合はこれから覚えていけばいいですが」


 もちろん、アフターケアも欠かさず行いますが。これでも先生と呼ばれるような間柄ですし。


「ははっ、まあ旅をしてた記憶なんて無いからな、しっかり学習していくよ」

「無いのは旅の記憶だけでは無いでしょうに……覚えた知識が役立つ前に、故郷に帰れるよう祈っておきましょうか?」

「そりゃ助かる、是非そうしてくれ」


 実にふんわりとした、全く身のない会話を交わしながら、バギーは道を進みます。

 眠気を誘う温かい風と、元気に伸びた──走行には少し邪魔な草花。この辺りは、呪いの影響をあまり受けていない土地なんだなぁと、そんなことを考えて。


 ききっ、と甲高い音を立てて、バギーが停止しました。思わず前のめりになった私は、すぐさま隣の青年をみます、少しムッとしていたかもしれません。


「城壁、見えてきたな……聞いてた話より随分早いが」

「……目や手の動きからして嘘は言ってなかったので……全く、何ともいい加減な相手に聞いてしまったようです」


 目の前に、国を囲う城壁……の、てっぺんが見えました。これに関してはなんとも言えませんが、基本的に立派な城壁がある方がまともな国である……ような気がします。


「まあ、早くつく分にはいいんじゃないか? ……それに、先生」

「はい、なんです?」

「瓶の数、残り少ないだろ」


 そんなふうに聞かれると、一瞬で残りの数を頭に浮かべてしまうのが私の出来た脳みそです。

 じっとこちらを見つめるトイに対して、誤魔化すのは少し無理があるでしょう、元々嘘は下手ですし。


「そうですね……ボーアの燃料と同じくらいは残ってますが」

「……そんなしかないならもっと先に言えって! はぁ……この国ではそっちも稼がないとだな」

「ええ、それができる国だといいですね」


 そんなお気楽な、という抗議の言葉を受けながら、再びバギーがゆっくりと音を立てて動き始めます。

 それから、数分。私たちは特に何事もなく、簡単な入国審査を通って、国の中へと足を踏み入れるのでした。



 ◇



 国に入るにあたって、1つ確認しておかなければならないことがあります。

 その国の中で、旅人が商売を行っていいかということ。私たちは商人ではありませんが、物を売ることで必要な物資を集めているのもまた確か。


 その辺りは、事前の確認通りで助かったと言いますか。武器の類を売ることは出来ませんが、食べ物や鉱石──あるいは私たちのようなよそ者の旅の記録。そういったものは取り扱っても大丈夫なのだとか。


「とりあえずは、一安心って感じだな」


 国の中、石畳で出来た通りの端の方で、てきぱきと道具を用意しながらトイが一声発します。


「最低限、といったところですけどね。ここからは私たちの頑張り次第」

「毎度毎度、やっぱり綱渡り気味になっちまうな」

「仕方ないでしょう、なにせ私たちは旅人ですから」


 椅子と机、簡単な枠組みを用意して、私はゆっくりと腰掛けます。

 本当はもう少ししっかりとした作りが良いのですが、持ち運びの用意さと天秤にかければここが限界のところでしょう。


 私よりちょっと多く身体を動かしている彼は、最後に看板を一つ取り出して──そして、ため息を一つつきました。


「にしても、こいつはどうにかならないものかね」


 看板にはとても読みやすく、そして綺麗な字でこう書いてありました。


『魔導書作りの依頼、承ります』


 と。もちろんかいたのは私です、我ながら会心のでき。


「私の書いた文字に不満でも?」

「いや、文字のできには文句ないけどさ……前から感じてたが、いかんせん胡散臭さすぎないかな、って」

「ああ、それですか」


 それはそれでいいんですよ、と。

 しばらくお客さんは来ないだろうと考えて、本を開きながら私は答えます。物語の半ばといったところまで読み進めていましたから、今日中には終わるのではないでしょうか。


 トイはそんな私の姿が不満なのか、少し大げさに手を振る動作をしてから横に座ります。

 先生の言うことなら、まあ合ってるんでしょうが。なんて言葉をはく彼に、しょうが無いので私は答え合わせを。


「そりゃあ、こんなうさんくさい看板で、魔導書を作るなんて宣言しても客なんて寄りつかないでしょうが」


 そもそもたくさんの客を望んでいるわけではないですし、それに──。

 と、言葉を続けようとして。人の気配が、こちらに近づいていることに気がつきます。だから、私は笑って、目の前の生徒に言ってあげました。


「そんな胡散臭いお店にも、縋りたいと思うような……そんな強い目的を持った相手が、私の客ですから」


 ──魔導書作り、今回のお客様のご来店です。

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