第7話 佐伯さん 3


回診に行くと今日も佐伯さんは病室にいてくれた。窓辺で椅子に座って、窓の外を眺めている。私に気付くとその遠くを見つめるような目で私の方を向いた。

「あっおはようございます」と言った。それはひどく涼しげな、優しい言い方だったどうしたらこんなにやさしげな、言い方ができるのだろう。

「何を見ていたんですか」

「見てはいません」

「では何を」

「考えていました」

「何を考えていたんですか」

「ここから出たいなと、思っていました」そういいながら、佐伯さんはゆっくり椅子からベッドに戻った。

「そんなのすぐですよ」私は笑顔で答えた。佐伯さんも早く退院したいんだと思った。佐伯さんは病気であるという自覚が少なく、まして早く退院したいなんて、これぽっちも思っていないのかと思っていた。だから普通の患者のようなことを思うんだと、妙に感心してしまった。でもそういう気持ちがあるなら、退院も早まる。

「いえ、私はここから出てゆくことはできないのです」

「えっ、どういうことですか」

「先生と同じです。友田の力からは逃れることはできない」

いったいどこまで分かって言っているのが分からないから余計たちが悪い。

「佐伯さんそんなことばかり言っていうと、本当に怒りますよ。いったい何の話をしているんですか」

「だから本当の意味での解放を願っているんです。でもそれは先生も同じではないですか」

「だから私は佐伯さんの言っていることが、さっぱり分からないんです」と言いながらそれは嘘だと思った。佐伯さんの言っていることはすべて本当のことだ。いえそれどころか私自身も気づかなかったことを言った。

解放

そうまさに解放だ。私は解放を望んでいるのか。でもそんなことを認めるわけにはいかない。

「だって幸先生は清彦先生との夜の生活しか求めていないでしょう」

「求める」私は求めているのか

「そう先生は清彦先生との心のつながりなんて求めていない。暴力的なセックス。そこに愛なんてないですよね」

愛がないといわれて、私はひどく動揺した。それはこのところ続いている。肌と肌をすり合わせる愛し合い方だ。確かに私と清彦に心のつながりなんてないのかもしれない。

「先生はご自分を医者にしてもらったということで、その恩義で、義務を果たそうとしているだけなんじゃありませんか」私はなんて言っていいか分からなかった。

でもそんなこと肯定するわけにはいかない。

さりとてあまりに言い当てているので、否定することも出来なかった。そして頭の中が混乱する。なぜこの人はこんな立ち入ったことを言ってくるのか、いやそもそもなぜそんな立ち入ったことを知っているのか。

「くだらないこと言っていないで」と言って私は笑った。それは今の会話を冗談で済ませようと、そして、そんなことないという、否定の意味を込めたつもりだった。

「本気で心配しているんです」と佐伯さんは静かに言った。そしてその言葉はひどく迫力があった。私は返す言葉が見つからないどころではなく、涼しげな目で見つめる佐伯さんの顔すら見ることが出来なかった。そしてその反応は、紛れもなく一連の内容を肯定しているに等しかった。いえきっと佐伯さんにはそう見えたはずだ。

                

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