第6話 清彦 3

清彦が私に声をかける。

「今日は早く寝ようか」

その言葉はたいてい夕食の片付けをしている時だ。清彦は新聞から目を上げない。夜のお誘いの合図だ。

「うん。そうだね」と私も答える。それが承認したことになる。まさに承認だ。そこに私の意志は反映しない。とはいえ事前に話してくれるのは、清彦も成長したと言うことだ。昔は、なんの前触れもなく。同意もなく、いきなりだった。


 寝室に明かりはない、その代り部屋の四隅にアロマキャンドルがともされている。アルファー波をだすという、静かで緩やかな曲がながされ、たまに波の音などが聞こえる。そこに私たちは寄り添いながらベッドの上で座っている、清彦の手が私の髪に触れる。そしてその手は触れるか触れないかの力で私の肩から背中へと降りてゆく。私は清彦にもたれかかり胸をさする。少しづつ清彦は私の着ているものを脱がしてゆく、そして私も清彦の着ているものを脱がしてゆく。二人とも全裸になるとお互いの体温を感じるかのように密着する。ここまでで三十分以上かかっている。次は子供がじゃれあうようにお互いの体を触ってゆく。でもお互いの局部は触らない、薄暗かった部屋の中も目が慣れると結構明るい、心が和む音楽もかかっている。

そこは異空間だった、そこでリラックスしてお互いを感じて。愛を確かめ合う。そして最後までいってもいいし、いかなくてもいい。究極のお互いを感じあい。愛し合う、これが最近清彦が凝っているセックスだった。

でもこのセックスが私は大嫌いだった。そもそも清彦と触れ合っているということが苦痛だった。

かつてまだこの家に来てすぐの頃、二十歳そこそこの清彦に奴隷のように求めつづけられたころは、それはそれは暴力的なセックスだった。力任せの行為は私を性欲のはけ口としか見ていないのではと思うほどだった。でもだからこそいつの間にか私もそこの快感を覚えるようになっていた。きっとあたしは清彦を愛している、だってこんなに気持ちがいいんだから。

愛しているから。

だから気持ちがいいんだと思っていた。そしてその思いは最近まで揺るがない物だった。ところが清彦が、私に気をつかっているのか分らないけれど。こんな交わりを始めた。

おそらく清彦は、これまでの暴力的なセックスを反省して、こんな訳のわからないセックスを始めたようだった。ところが、皮肉なことにお互いを知り慈しみ合い。もっと深く愛し合おうとした行為のせいで、実は清彦のことなど愛してないのではという思いを育んでしまった。可哀そうな清彦、きっと清彦は私のことを愛している。ならあの暴力的なセックスを続けていればよかったのに、そうすれば私だって。その快楽のせいで。清彦を愛していると錯覚し続ける事が出来たかもしれないのに。

「本当に愛しているんですか」佐伯さんの言葉が頭の中をグルグル回る。なぜそんなことを言うの。なぜそんなことが分かるの。でも私はここから出てゆくことはできない。だって私は清彦の妻になる約束で、医大に入れてもらった。そこにかかる学費も、食費も。すべて出してもらった。そこにかかった費用は私立の医大だから、数千万になる、私はその数千万で友田家に買われたのか。


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