第3話 佐伯さん 1

「幸先生は、清彦先生とご結婚されるんでしょう」

カルテに目を落としている私に佐伯さんが話かけてくる。ここはうちの病院で一番いい個室だった。

佐伯さんは私と同じ二十六歳、男性というには少し中性的な顔立ちをしていた。

「えっ、何でそんなことご存知なんですか」

「私は、先生方のお父様を良く存じ上げておりますので、それくらいは。

おめでとうございます」

「はー、ありがとうございます」と返事はしたけれど。いったいこの人がどういう人なのか私にはわからない。それは清彦も同じだろう。ただある日突然お父様から、一人の男を入院させたいと連絡があって、そのまま入院ということになった。

お父様は政府の一部を、自分の思いどおりに動かすことが出来るほどの大物政治家なので、私たち家族でも知らない、付き合いの人が大勢いる。その中には知らない方がいい人や、知ってはいけない人も沢山いる。そういう中の一人ということなのか。

「先生がお医者様になれたのは、お父様のおかげなんですよね」

「えっどういうことですか」と私は笑顔で答えたが。心のなかは全然おだやかではなかった。なぜそんなことを知っている。そして知っているなら。なぜそのことを言う。

「お金のなかった先生を医大に通わせ。お医者様にしてくれた。その上こんな立派な病院まで世話してもらって」

「佐伯さんなんでそんなことを」

「どうもすみませんでした。出過ぎた口でした。病人の戯言と思ってください」

そんなこと思えるわけない。でも佐伯さんはそんな私の動揺なんか意に介さず、私の顔を涼しげに見た。見つめるではない本当に見ただけなのに、私の心臓はおどろく程波打っていた。おかしな沈黙が流れる、相変わらず佐伯さんはその涼しげな顔で私の顔を眺める。その沈黙に耐えられなくなったとき。佐伯さんが口を開いた。

「あっ、それからまた睡眠薬をいただけませんか」

私は話がそれて少しほっとした。

「佐伯さん。眠れないからといって。お薬で眠る癖をつけると、退院した時こまりますよ」

「眠れないんです」

「眠れない?」

「はい。怖いんです」

「怖い?何がですか」

「夢を見るんです」

「夢?」

「はい。それがとても怖い夢なんです」

「どんな夢なんですか」と私はたずねた。

「自分に会う夢なんです」それが怖い夢なのかと思ったけれど、私はそれ以上聞かなかっ 

た。

きっと何か怖い思いでもしているのだろうと私は勝手に思った。

「わかりました。後でもってこさせます。でもくれぐれも。常習性をつけないようにして

くださいね」

「わかりました」

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