第2話 幸 1


私の父は私が小学校のころに交通事故で亡くなった。その場に私もいた。父は私の目の前で息を引き取った。その時私は苦しんでいる父に何もしてあげられなかった。目の前で人が死んでゆく、その初めての経験に、大きな衝撃を受けた。傍にいながら私は目の前にいる人に何もしてあげられない。なんて自分は無力なんだろう。月並みだけれどそれで私は医者になろうとした。なんとか生命保険と、相手の保証で生活に困ることはなかった。確かにお金持ちではなかったけど、無理して私立の大学に入るくらいのお金はあった。でも医大は無理だった。

医者になろうとして私は勉強してきて、何とか私立の医大に受かるくらいの学力はあった。でもお金がない。その時点で私は医者になることを諦めなければならなかった。別にむりに医者にならなくてもいいではないか、という考えも頭に浮かんだ、そもそも交通事故の遺児である私が大学に進めるんだからと思った。でもそう考えれば考えるほど、目の前で死んでいった父の苦しそうな、無念そうな顔が頭をよぎった。

そんなとき援助を申し出くれてくれたのが清彦のお父様。

そして現在もお父様と呼んでいる、有力政治家だ。次の次の総理大臣というのがもっぱらも噂。

条件は一つ。友田家に嫁ぐこと。そして夫となる清彦さんとお父様が与えてくださった。病院をやってゆくこと。決して悪い話ではない、むしろ良すぎるぐらい。ほとんど玉の輿だ。医大の費用は全額出してもらい、清彦は少し神経質なところがあるけれど、かなりハンサムだし。そして私はその話に乗った。

結婚は医師になってから、住まいは清彦と、お父様、お母様と一緒の住むこと。あくまでも婚約者であることを頭に入れて、軽はずみな行動は慎むこと。そして私は研修医をへて、半年前にこの病院の医者になった。友田の家に入ってからは、清彦とは夫婦同然だった。とはいえ妊娠ということは世間体があるので避けたい。清彦も医者なので避妊だけはしっかりしていた。そういう意味では大事にされていたのかもしれない。

でも清彦の求めに応じ、体を差し出す。と言えば、聞こえが悪いが、正式な婚約者だし、同じ家に住んでしまっている以上、むしろそれは自然なことだと思っていた。問題があるとすれば。大学生活が少し窮屈だったことくらいだ。

そして来月、晴れて私は清彦と夫婦になる。


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