第8話 破門者 加藤清宗 二月十九日 水曜日 朝

 民宿は本館、別棟共に四部屋ずつ、ログハウス一部屋の全部で九部屋だった。部屋は別棟の9号室。風呂、トイレが付いた畳部屋。他に客はいなかった。

 ボストンバッグから油紙に包まれている拳銃を手に持ち、剥がしてからベルトに差し込んで立ち上がった。新庄の店に向かう。

 客は窓際の対面席に老夫婦二組。明るい表情をした新庄がカウンター席を指さした。

「モーニングでいいっす?」

 無言でうなずき、珈琲をカップに注ぐ新庄にたずねる。

「九図木ってのは店にくるのか?」

 一瞬間があり、新庄の眉が小さく動いた。

「来た事ないっすね」 

 窓際の客を確認してから、小声できく。

「何か問題のある奴なのか?」

 テーブル越しに新庄が耳打ちする。

「ピンクっていうんすか?小さい女の子に・・・あと傷害、それで刑務所行ったとか」

 猟銃を持って無い理由に納得した、前科のある人間は禁固刑の場合、執行を終えてから十年は所持許可がおりない。

 引き戸が開く音がし、目をやると村長が両手を広げ、慈悲深い裏声で唄う。

「ハレルヤ」

 神なのかそれとも自分を褒め称えよなのか、よくわからない挨拶をすると、窓際の客が同時に、ハレルヤと笑声を上げる。

 ―村人に人気あるんだな・・・

 こちらに近づきながら、ハレルヤといい、横のカウンターに腰をかけ新庄にいう。

「昼過ぎから捜索手伝えるかの?」

 新庄がトーストを運びながら行けますと答える。

「九図木を紹介してくれ」

 話終えたタイミングで村長に頼んだ。

「処遇がMとまではいかんがの、どうやろうな」

 脳裏に大阪医療刑務所が浮かぶ。Mとは受刑者の処遇指標。精神病、障害、医療が必要な受刑者。

「見た目は何もなかったが、頭か?心か?」

「そんなひどうない。少し能力に制限があるぐらいよ。親がの、刑務所にいる時だけホッとするいうんよ、被害者でんから。そやからワシが面倒みとるんよ」

「好きな事やらしとるってか」

「そうや、俺以外話できんと思うが」

 村長が親指と人差し指を伸ばし鉄砲のシルエットを作ると、二人のやりとりをみていた新庄が目をそらす。

「今日は捜索で外に人が多い、撃つなよ」

 半笑いでカウンター下を指さし、みせろと。上着をめくり、腹とベルトに挟まれた拳銃のグリップを見せる。

「ええ銃や」

 他の客を気にしながら新庄が口を挟む。

「本物なんすか?」

「偽物なんて意味ないがや」

 ぶっきらぼうに答えると、村長がいう。

「おまえ九図木と話す為にもってきたん?」

「大阪の若いヤクザ蹴り倒したから一応な」

 口を尖らた村長が、辰川に怒られるぞとせせら笑う。

 運ばれたトーストを囓り、珈琲で流し込み千円札をテーブルに置く、釣りはいらんといってから村長にきく。

「久図木おるんだろ?」

 村長は眉をひそめながら顎をしゃくった。千円札を持ったまま見つめてくる新庄に背を向け引き戸に手をかけると、いってらっしゃいと声がきこえる、振り返らず右手を上げ、左手でポケットから車のキーを取り出した。


 ドーベルマン二頭が、カーゲートの向こうで吠え続けている。前回とは違い、二頭とも短い尻尾を小刻みに振っていた。二分ほどすると上下迷彩服の久図木が、こちらに近づき不機嫌そうに口を開く。

「何や?」

 視線がこちらの肩越しに向いている。

「村長の紹介できた、取引の話だ」

 いい終わると上着を捲り、ベルトに刺さった拳銃を見せると、面倒くさそうだった、しかめっ面が消えた。鼻の穴を広げ九図木が興奮気味にいう。

「ほ、ほ、本物?」

「村長から用意しろといわれた」

「まってて」

 吠え続ける犬に、ごはん、と呼びかけ、一緒に全力で走り三十メートル先のトレーラーハウスに向かい、犬を入れるとすぐに出てきた。空に向かって九図木が叫び声を上げる。

「村長~村長~ありがとう~村長はやっぱすげ~」

 獣が興奮した時上げるような叫びが空に広がる。

 後頭部に右手を当て、掻きむしった。

 ―大丈夫かこいつ・・・

 口を開け大きく両腕を振ってこちらに向かってくる。息も切らさず南京錠の鍵を開け、ゲートをスライドさせた。

 敷地に入ると、地面の砂を巻き上げ煙った風が、ミニショベルに当たり金属音が小さく連続で鳴った。ショベルのバケット先に掘られた穴が空いている。

「なんで掘ってるんだ?」

「バリケードを設置する」

 そうかといい、後ろに続く。久図木の履くブーツが地面を叩くと土埃が舞い、漂う砂煙を太陽光が照らしている。

 大型発電機の横にハウスが二つ、そこだけ芝が群生し綺麗に刈り取られていた。

 ハウスの裏手に回り芝生の上に立つと、拳銃を掴んでリリースボタンを押し、左手でマガジンを取り出してから久図木の前に出す。

 久図木は銃を凝視したまま動かない。

「すげぇ」

「村長から今日は撃つなっていわれとる」

「そうか、村長がいうとるなら撃たへん」

 バレル側を持ち、グリップを向け手渡すと、久図木は後ろポケットから黒色のタクティカルグローブを出しはめ、慎重に両手で握りたずねてくる。

「ゾンビウイルスが広がったらどうする?」

 笑いそうになるのを奥歯で噛みしめてから口を開く。

「銃が必要だ、今日はサンプルとして持ってきた」

 欠損した指を見つめながら九図木がいう。   

「ヤクザはやっぱすごいな・・・」

「ここは、防衛拠点なのか?」

 久図木が親指で背後にある丸太の土台を指した。  

「見下ろす建物を作ってる」

 傾斜がキツイ杉林の向こう側に国道一六九号が見渡せた。

「物(もの)見(み)櫓(やぐら)みたいなものか?」

「あぁ、それそれ、ついてきて」

 案内された櫓の土台には、ターゲットアイコンが張られ、三本の矢が刺さっていた。

「ボウガンの練習しとるんや、銃があるならもういらへんな」

 ため息が出そうになるのを堪える。

 ―こいつ正気かよ・・・

 銃を右手に持ちながら身振り手振りで、拠点の今後、村長にボウガンの訓練を命令された事、格闘のトレーニングの内容を次々と説明していく、ひとしきり話終わった所で、九図木にたずねる。

「話は変わるが、組長がいなくなった時のことをききたい」

「誰?婆さん?」

 急に久図木の瞬きの回数が増える。

「爺さんだ、七年前の」 

「覚えてない」

 すぐに返事をした。

「一緒に山に入ってったんだろ?」

 唾を飲み込んだのか、久図木の喉仏がゆっくり上下した。

「村長に聞いて」

 更に瞬きの回数が増え、目が泳いでいる。

「村長は入ってないって聞いたぞ?」

「いや、一緒に入った、俺は用がある、もういいか?」

 ―一緒?入口までと聞いたが・・・

 どうにか話を続けようと話題を銃に戻す。

「取引はどうする?」

「村長に相談してから決める」

 そういうと、持っていた銃を返してからトレーラーハウスの方に歩いて行った。

「村長は一緒だったのか?」

「そうや」

 こちらを振り返らずに、それだけいうと久図木はドアを開け入ってしまった。

弥重子と話が違う、どっちが本当なんだ・・・ カーゲートまで歩くとスマホが鳴る。画面を覗くと、須本からメールで安藤の居場所がわかったと。住所を聞くメールを返信してから、ゲートを閉め、車に乗り込み煙草に火を点けると、辰川から着信、出るとすぐに声が聞こえた。

「おまえ山岡俊希っていったな?」

「は?なんだて?」

「いますぐ田辺駅までこい」

 カーナビに紀伊田辺駅と入力すると、所要時間は一時間五十分と表示された、辰川に伝えると、こっちからは一時間半ぐらいだといわれ、通話を切られた。

 ―あっちこっち俺はトラック運転手かよ・・・

 限界集落では車が必需品だ、街に出るまで長距離を運転しなければいけない、田舎暮らしは過酷だな、と思いながらハンドルを握りアクセルを踏んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

党同伐異 @takamaru124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ