第2話 破門者 加藤清宗 二月十六日 日曜日 夕方
「おかしい思わんか?オヤジが山でおらんなるって」
加藤清宗は黙り込んだまま、そういう辰川の顔をみた。
銃刀法違反容疑で辰川は七年服役した、長い刑務所生活で寒さに慣れたのか、薄手の長袖シャツ姿だった。出所して三ヶ月、精気を取り戻し、目に以前の鈍い輝きがさしていた。
二代目露木(つゆき)組。和歌山県内だけを地面とする独立組織。若頭が辰川の役職だった。加藤は元本部長。辰川が収監される直前、組長を殴って破門。組から解雇された元ヤクザ。
ヤクザをクビになってすぐ、組長の露木が山で遭難した噂は耳にしていた。
座卓に置かれた辰川の携帯端末が鳴る、六十を過ぎさらに老眼が進行したようで、目を細め画面を見ている、応対するか迷っているようだった。
八畳の和室、やわらかな黒い木目をもった、パイン材の座卓に手を乗せながら、床の間に目をやると、党同伐異(とうどうばつい)と力強く毛筆で書かれた掛け軸がかけられている。
党同伐異。事の善悪に関係なく、自らの仲間に味方して、対立する人間を攻撃すること。 初代組長の露木がこの言葉を気に入り、組の指針のような熟語だった。
鳴り終わった端末を一度タップしてから辰川がいう。
「しかし、情けない話やな。親分殴った破門者に誰も何もいえんとは」
眉をハの字に曲げ、辰川が呆れ顔でぼやいた。
―兄貴も俺に何もいわねぇじゃねぇか・・・という言葉は呑み込んだ。
「なぁ、清宗。わしら他のヤクザから恐れられて初めて飯食えるん違うか?」
今の露木組にヤクザ相手に喧嘩できる人材は辰川しかいない。できる人間は長期服役中。過去の抗争で人を殺した実績あるヤクザの、虎の威を借りた狐の集まりだった。
「今の組はヘタレばっかだがや」
「おまえ聞いたぞ、ウチの組員から恐喝しとるらしいがな」
喧嘩はできないが、シノギのうまい奴を食い物にしているのは事実だった。
「その話は置いといて、先代の話だろ」
まだ何かいいたげだった辰川が、溜息をついてから話の続きをする。
遭難当日、組長の露木に付いて山に登ったのは、跡目を継いだ二代目の野元、組長秘書の押田、安藤の四人。そこで露木だけ遭難した。
露木は若い頃から登山を趣味にしていたが、七十あたりから外出する事が極端に減った。自ら山に登るといい出したのか、それとも他の人間が誘いだしたのか。自分と同年代の押田と安藤の姿を思い起こすが、二人が露木を登山に誘うよう思えなかった。
「処分されたんはポン中の安藤だけ。おまけにお前が破門、俺が刑務所行ってすぐ遭難やぞ?文句いう奴がおらんタイミング見計らったみたいやん」
「遭難ってまだ死んだと決まっとらんがや、二代目になったって聞いて不思議だなと思っとったけど」
「せやろ?勘ぐっとるわけちゃうで?跡目欲しさに二代目がやったんちゃうん?」
ムショボケなのか、本気なのか判断できず、後頭部を左手で掻く。
辰川はライバル視していた、金儲けだけが上手い同い年の野元が、二代目になったのが気に食わないのだろう。それに二代目が露木を殺す根性があるよう思えない。返答に悩んで腕を組むと、辰川が口を開く。
「西山村ってあるやろ?そこでオヤジは遭難した」
それは聞いた、と答えると辰川が、
「そこの村長が兄弟分なんよ」
唐突にいうので誤聞したのかと感じ、聞き返す。
「村長?組長じゃなくて?」
「若い時な一緒に暴れてたんよ、今はカタギやけどな。親分も二代目も知っとる」
初めて聞いたというと辰川がうなずき、口元に手を当て咳払いをした。
「それで兄貴はどうすんだて?」
テーブルに置かれたカバンから辰川が封筒を出した。
「当座の金や二十万ある、二代目が親分殺(や)った証拠を村に行って掴んでこい、あの野郎を引きずり下ろして、俺とお前で組を立て直すんや」
そういうと、封筒を滑らせてきた。
「俺に探偵でもやれってか?」
「おまえ破門したのは先代やぞ?二代目に変わったら復縁できるやろ、刑務所の中から何回手紙で清宗復帰させろ頼んだんよ?おかしいことだらけやん」
辰川はいい出したら聞く耳を持たない。黙って封筒を受け取る。
「西山村って、花粉症に効くジャバライとかいう果物で有名だよな」
「詳しいやん、村長に宿を用意してもらっちょる、落ち着いたら俺も他の人間から事情を聞く」
端末でコツコツとテーブルを叩いてから、辰川は続けて話す。
「ポン中の安藤は、ムショの中で舎弟にした奴にヤサを調べさせる。はよいけ。この後、藤富と話すんや」
「しかし詐欺師の藤富も偉くなったもんだ」
眉間に皺を寄せた辰川が腕時計を見た。文字盤の横にレザーの編み込みブレスレットが重ね付けされている。辰川がつけていると格好良く思えた。
「兄貴、そのブレスレットくれよ」
「これもらい物よ。準備して早よいけや」
「なんだよ、明日でいいだろ」
あくびをしながら席を立ち部屋を後にした。
玄関脇にひさしより低い松の木が目に入る、辰川の家に寄ると毎度やるいたずらをしようと思い、枝に手を伸ばし葉を握りちぎって捨て、門扉に続く道沿いに植えられたキンモクセイの葉をブチブチもぎると窓が開く音がし、
「なんで毎度葉っぱ取ってほかすんや、掃除せえ」
辰川の怒鳴り声がきこえたので刈り取った葉を離し、笑いながら急いで扉をあけた。門柱の前、腰の高さほどある狸の置物に近づいて頭を叩くと、門前に型落ちのエコカーセダンが滑り込んできた、後部座席のドアからハゲが降りると、
「兄貴、ご無沙汰してます」
藤富だった。禿げ上がった頭が西日でぬらぬらと光っている。
「おまえ・・・」
いい終わる前に顔が引きつる藤富が口を挟む。
「すんません、前に借りてた金です」
財布から五万を抜き、差し出してきた。貸した覚えはないが引ったくるように取る。
こいつ、金取られる前に出して来やがった・・・「おい、車よこせ」
口元を軽く痙攣させた藤富が、はい?と答えた。
運転席側に回り力いっぱいドアを引き、いう。
「頭(かしら)から頼まれ事なんだて」
運転手の胸ぐらをひっつかんで降ろすと、シャツのボタンが一つ飛んで地面に落ちた。
二人が呆気にとられる間に、カーナビに、和歌山県西山村と入力する、所要時間、三時間三十分と案内された、画面を拳で叩いて表示を消し、助手席の窓をあけ、
「いつまで立っとんだ、頭(かしら)を待たせるなて」
そう怒鳴ると、アクセルを踏んだ。
けやき大通りを東に進み、北ノ新地交差点を左折し、左にあるコンビニの駐車スペースに止めた。自宅は和歌山市の歓楽街アロチにある。飲み屋のオーナーが所有するワンルームを現役時代から無料で借りていた。破門されてからも付き合いは変わらず、店やオーナーにトラブルがあれば処理していた。
玄関ドアを開けてライトをつけた。縦長の九畳、右側にマットレス付きの折りたたみベット、左側にスチールラックが四つ、部屋の大きさに合わせきっちりと置かれていた。
立ち止まり部屋をみる、とくに変わりないことを確認してから靴を脱いだ。
ベットを伸ばし座る。ラックの上に置かれた写真立てには、辰川と加藤がスーツ姿で写る一葉が飾られていた、その隣も同じように辰川と一緒に撮られたものが置かれている。
今さら村に行った所で、先代が殺された証拠が出てくるものか疑問だったが、辰川の命令には必ず従ってきた。立ち上がり、浴室に向かう、天板を外し隠してある油紙に包まれた拳銃を取りだそうと、バスタブに片足をかけた所で辞めた。
必要ねぇか・・・ 村へ行くのに気乗りしない、村人から適当に話しを聞いて、辰川を説得すればいいかとも思う。もし万が一、先代を殺した証拠が出てきたら儲けもの、と考え直してもう一度ベットに腰掛け、煙草に火をつけた。
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