党同伐異
@takamaru124
第1話 移住者 新庄幹男 二月十五日 土曜日 夜
この二人は、帰りを待つ家族の元に戻れるだろうか?
村の安全掲示板に画鋲一つで止められた、煤けた二枚の尋ね人の張り紙をみて、新庄幹男はそう思った。
急な夜風に吹かれ一枚がちぎれて飛んでいった。
「こうやって無くなんのか、これ系の紙」
一人つぶやいてから、風に揺れる残った紙に視線を戻す。
古久保(ふるくぼ)光二、男性六八歳。朝七時頃、西山村八色の自宅から出たまま行方不明。
西山村に新庄が移住する少し前におきた事件だった。
ポケットからスキレットをだしキャップを開け、入れてあるバーボンを一口飲むと、飛んでいった紙の方から声が聞こえる。
「これは去年福岡で小さい女の子が、おらんなったのや。変態にファックされて、死んどるじょ、犯人はおまえと同じ三五ぐらいやな」
愛嬌あるダミ声、防寒ブルゾンにスラックス、西山村村長、坂本だとわかった。
「またキツイ冗談いいやがって」
乗っている自転車から村長が降り、紙をクシャっと丸めてその場に捨て、口を歪めながら張り紙に人差指をむける。
「ちょうど俺も、こいつと同い年になっちまった、こいつも死どるじょ」
口をキツク一文字にしても堪えきれず、吹き出した。
村長はこちらを見てニヤリとし、張り紙の顔写真に手を合わせる。
「当時、ワシの迅速な指示でも見つからなんだ、成仏せぇ」
「人に聞かれるって」
笑わなかった事が不満だったのか村長は舌打ちし、自転車の荷台に座り、裂けて黄色いスポンジが飛び出たサドルをバンバン手で叩いた。
おまえが運転しろと。
小走りでかけより、バーボンを一口飲んでから、
「おっしゃ行くぞ、ちびるなよ」
大股を広げまたがると村長が大声で吠える。
「ゴーゴーゴーゴーゴー」
アメリカの警察が、現場に突入する時に出すかけ声のようだった。
耳元でがなり声を聞きながら、右足でおもいきり体重をかけペダルを踏みぬいた。
ゆっくりと進む景色を見る、カーテン越しの明かりの向こうには人が居る、空き家は暗い。年を追うごとに光は消えていくのだろう。視界の先には、等間隔に並ぶぼんやりとした道路灯。どこかの家から香る、薪を燃やす匂いと冷気を吸いこみ、車一台通らない国道中央をふらつきながらハンドルする。
二人が走る国道一六九号は、約四百人が住む西山村の五つの地区を通っている。
人口順に、上尾井、小沼、松原、八色。大松地区には現在住人がいない。西山村は和歌山県に属するがどの市町村とも隣接せず、周りを三重奈良に囲まれた全国唯一の飛び地の村。東西二十キロ、南北八キロほどの大きさで村の面積九七%は山林だった。
五分ほど走ると、ポケットに入れてあるスキレットをとられた、口元に押しつけられ、大声で村長が、
「スピードが落ちとるじょ、給油や」
三口ほど飲んだ頃、咽せかえりブレーキをかける。交代だ、といい村長が立ち漕ぎで自転車を進める。年齢からは想像できないパワーで速度を上げ、スイスイと道の上を滑っていく。
左耳から西山川の小さな水音、その奥にある暗き山から甲高い鹿の鳴き声が聞こえる。風が前から通ると、村長の服に染みた煙草の匂い、横から吹くと舞った髪が目に入る、右手で何度も掻き上げ顔を斜め前に向けると、夜の闇にくっきりと、黒いシルエットの山が浮かんでいる。
新大谷橋を六こぎほどで抜け、しばらく走ると右にジャバライ畑、左にテニスコート、その奥に宿泊客用のバンガローが見えてきた、村長の尻をはたいてから、
「あと少しだ、追い込め、いけいけいけ」
「おまん、はりとばしたろか」
首を横に向け息を切らせながら、睨み付けてきた。
二人の住居は上尾井にある、路肩に木製の立て看板と、はためくのぼりが見えてきた、それは年期の入った杉板外壁の、古民家カフェの所在をあらわしている。
店の前に来たところで飛び降りると、村長がブレーキをかけスタンドを下ろし、息を整えてからいう。
「今日も暇やな、おまえの店は」
村長がブルゾンの内ポケットから一本だけ煙草を取り出し、火をつけ大きく吸って吐く。いつもの煙草とは違う香りが漂ってきた。
「観光客増やしてくれよ」
「冬の観光客は少ない、そこで貧乏金無し万年暇人のおまえに、村おこしを命ずる」
「役場の仕事?」
「わし個人からや。明後日、元ヤクザがくる、五十歳ぐらいや。相手しとけ」
「は?そんなもんと繋がりあんの?」
思わず空いた口を急いで閉じる。
「ビビってるん?」
「違けぇよ」
自分でもわかるほど口を尖らせて答えると、村長がポケットから現金を出した、三万円。
諭吉に釘付けになる。
―今日の売り上げの十倍・・・
「だけど、なんで個人的なんだよ、村で大々的にやればいいじゃん」
「保険はかけとくもんやでぇ」
「は?」
「シノギの報酬は青天井、掴んだ諭吉で開く未来、星空の彼方にチェーンスモーク」
ラッパーの仕草で、村長がリズミカルに言葉を繋ぎながら、夜空に煙を吐く。
「韻踏めてないって」
「うるさいよ、それと、これは小遣いや」
そういうと諭吉三枚を顔前に突きつけられ、悩む事なく受け取った。
「村おこしってのは他に何やんの?」
「俺の気分次第、仕事は無限大、おまえの力で村人は増大」
今度は韻を踏めていた。
「危ない奴なの?」
「組長殴ってクビになるぐらい大人しいで。そう難し考えるな」
そういわれて、胸の鼓動が乱れた。
―ヤバイ奴やん・・・
自転車に跨がる村長の後ろ姿に、移住当初から疑問に思っている事を問いかけた。
「てかさ、なんで俺だけ目かけてくれんだよ、独身の移住なのに一番協力してくれてさ」
「この村と西山川が好きいうたからよ」
「それなら他の移住者だってそうじゃね?」
「好きって感情と幸せを区別できん奴は何やっても駄目や。お前はできてる。だから協力した、これからもよ」
煙を吹かしながら例え話やぞ?と村長が続ける。
「若いアベックが村に観光にくる、村を好きになって移住したなる、それは好きなんやない。もし別れて、一人もう一度この村に来たら?それはただの知ってる村や。村を好きじゃなかったんよ、二人でいる事が幸せだった、と気付くやろ。区別できん奴の移住は断るじょ、もし来て幸せやのうなったら失敗するからよ」
両拳に力が入り、うつむいた。
自分も失敗だ。通帳残高を見ると村にいられる日を指折り数えられた、仲の良い村人、移住者達の顔が頭に浮かぶ。
村長が細めた目で一言呟いた。
「おまえは失敗させないよ、ベイビー」
え?と声が出そうだった、どういうこと?と聞くまえに、村長はペダルを後ろに蹴り、空転するチェーンの音を出して、ザ・キングトーンズのグッドナイトベイビーを大声で唄いながら、フラフラと自転車を漕ぎ行ってしまった。
失敗させないよ、その言葉に胸の中心を突かれた感触を受ける。
もう手遅れだけどな・・・ 村長の後ろ姿が闇に消えてから、店の引き戸を開けると、擦れる音がし滑りが悪くなった。しゃがんでレールを見つめる。
修理する前に村から引っ越す方が先か。そう思い、立ち上がった。
電球色の柔らかな光が店内を包んでいる、入り口すぐに薄茶のカウンター席、中央の丸机上に雑貨、窓際に二組のテーブル席、隣の和室にはローテーブルに座布団、奥にのれんで隠した階段があり、二階は住居だった。
靴を脱いで畳を踏み、のれんをくぐって二階に上がり、ふすまを開ける。ベランダに続く窓の前に万年床、足側に薄くほこりがかかったテレビボードが置かれ、横にはパソコンデスクがある。
デスク奥にある押し入れを開け、工具箱の中から潤滑スプレーを取り出し玄関に戻ると、窓の外に顔があった。口元を咀嚼するように動かし、覗き込むように店内をみている、敏江だ。
目が合うと、口をへの字に曲げ、くるりと向きを変え去っていった。
スプレーを持つ手に力が入った。
あの婆さんだけは許せなかった。店に誰がいるのか噂話を村中でする。敏江さえいなければ七海(ななみ)が村から出て行く事なんてなかった。店にも客がくるはずだ。
握りしめた缶をテーブルに叩きつけると、店内に金属音が響く。持ち上げると、木の天板に丸く跡が残っていた。
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