第38話 恋人つなぎは結構痛い(物理)
「ねぇ、トウマちゃん。せっかくだし恋人つなぎにしようよ」
手をつないで歩き始めて5分もしないうちに、花梨がそんなことを言い出した。
「は?恋人つなぎ?」
「そうそう!こんなふうに普通に手をつなぐのもいいんだけど、デートなんだしやってみたいんだ!」
ニコニコと太陽みたいな笑顔を浮かべながら花梨は言う。
「えー…」
対する俺は渋面だ。
あまりにいい笑顔で言うものだから、一瞬釣られて頷きそうになりかけたのを誤魔化すためでもあったが、やってみたかったんだと言われてもな。
「嫌なの?」
「嫌だ。恥ずかしいし、誰かに見られたら死ねる。だいたいやり方しらんしできないわ」
そりゃドラマとかでやってるのは見たことあるが、真剣にマジマジと観察したことなんざないから、やり方なんざ俺は知らない。
というか、ドラマのシーン思い返しただけでも、あれを自分がやるかと思うとすげー嫌だ。
ああいうのは絵になるイケメンがやるからいいのであって、俺じゃ力不足なのはとっくに理解しているし、そういう意味でもやりたくなさはMAXだ。
「だいたい映画館まではもう少しだろ。やる意味もないし、時間もないわけで…」
「おりゃ、隙あり!」
「あ、おい!」
とにかくしたくない理由と理屈を並べ立てて納得させようとしたのだが、花梨は俺の話なんざ傍から聞いちゃいなかった。
強引にパッと手を離すと、宙を彷徨うように開かれた俺の手に瞬く間に指を絡ませ、ギュッと握り締めてくる。
「へへー、これが恋人つなぎだよ。覚えといてね、トウマちゃん」
止める間もない早業に呆気に取られていると、花梨はなにかをやり遂げたかのようなドヤ顔を浮かべていた。
「お前ね…」
「こうして指を交互に絡ませて握るんだって。こうすればもっと離れにくくなるし、一石二鳥だよね」
呆れを見せる俺に気付くことなく、繋いだ手をブンブンとブランコのように花梨は揺らす。
そうなると必然、握られている俺の手も一緒に動くわけで、それがすごく小っ恥ずかしい。
「おい、やめろって。恥ずかしいぞ」
「へっへっへー。恋人つなぎ♪恋人つなぎ♪」
相も変わらず俺の声は耳に届いちゃいないらしい。
完全にやりたい放題な花梨に嘆息しつつ、せめてさっさと目的の場所に行こうと足を早めることだけが、俺にできる些細な抵抗だ。
「もういいから。行くぞ」
「あ、もしかしてトウマちゃん、恥ずかしがってる?」
恥ずかしいわい。誰かさんのおかげでな。
でも口にしたら負けを認めるようで癪だから、絶対言わんと心に決める。
「うるさい」
「…………ふーん。そっかそっか」
代わりにつっけんどっけんにに対応したつもりだったが、隣を歩く幼馴染は気にしたふうでもない。
むしろしたり顔で、なにやら深く頷いていた。
「なんだよ」
「ううん、別にー?たださ、恥ずかしがってるってことは、私のことを少しでも女の子として意識してくれたのかなって、ちょっとねー」
「…………」
「あ、目をそらしたー!やっぱり図星なんだ!これはやっぱり恋人つなぎは効果あり……って、あいたー!」
嬉しそうにのたまう花梨の額に一発、デコピンを入れてやり強引にその口を塞ぐと、俺は手を握ったまま引きずるように先走る。
「ちょ、なにもそんな恥ずかしがらなくても…ていうか痛い!痛いよトウマちゃん!恋人つなぎで思い切り手を握られると、すごく痛い!新発見だよこれ!」
へえ、そりゃようござんしたね。
こっちも色々発見したよ。お前にいじられるとむかつくとかな。
「ちょっと初めて奪っただけでそんなに怒らなくても…いたー!だから痛いってー!きちくー!」
人前でなんて危ないなことほざきやがる。
わめく危険物を引っ張りながら、決して後ろを振り返らずに、俺はただ前だけを見て歩くのだった。
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