第37話 離れたらまずいから(言い訳)
「うう、痛かったぁ…」
隣に並んで歩きながら、自分の頬をさする花梨。
まだ赤みがあるのは少し可哀想に思わないでもなかったが、正直自業自得だとも思うから謝りはしない。
「お前が人の話を聞かないからだろ」
「だってぇ、トウマちゃんがようやくわかってくれたんだと思ったんだもん」
恨めしそうにこちらを見上げる花梨の視線は敢えてスルー。
そんなこと言われたって、付き合ってやれんぞ。少女漫画の読みすぎだ。
花梨の容姿ならお姫様願望を持っても許されるかもしれんが、俺はあいにくそんな柄でもなければ王子様みたいな性格だってしていない。
至って平凡な一市民である俺にとって、花梨の願望を叶えてやるにはいささかハードルが高すぎる。
「わからんわ。そういうのはちゃんと彼氏作ってからやりゃいいだろ」
こっちはこうして一緒に歩いているのも割と気後れしたりするってのにな。
花梨相手ならそんなノリにも付き合ってくれるやつが、世の中にはいるだろうし、そっちに頼んでもらいたいところだった。
「だからトウマちゃんに頼んでるのにー」
「俺は嫌だ」
「うう。冷たいよぉ…」
涙目になられたってダメなもんはダメだ。
甘やかしたらロクなことにならないのはさっきのやり取りだけで十分すぎるほどわかってるからな。
人間、向き不向きってやつがあるんだよ。
「っと、あぶね」
花梨のほうへよそ見をしていたせいか、前から歩いてきた人にぶつかりそうになったため、反射的にヒョイッと避ける。
我ながらなかなかの反射神経だったが、こうして見るとこっちもこっちで結構な人通りの多さだ。
駅前広場でのやり取りの後、我に返った俺たちはそそくさと逃げるように映画館のある通りまできたわけだが、休日の午前中をちょいと舐めていたかもしれない。
「花梨、離れるなよ。もっと近づいとけ」
並んで歩く俺たちの間に割って入る人はいなかったが、迷惑になることも避けたかった俺は、花梨の肩を掴むと自分のほうへグッと引き寄せた。
「あっ…」
「今日は人が多いみたいだからな。俺のそばにいるようにしてくれ」
すぐに肩から手は離したが、思ったより華奢な感じがして少し恥ずかしくなったのは内緒だ。
なんか少し調子が狂っている気がするのは、さっきのやり取りが尾を引いているからかもしれない。
(隣にいるのは花梨だってのにな)
今更女の子として意識するはずもないってのに、なんか少し調子が狂っている気がするのは、さっきのやり取りが尾を引いているからかもしれない。
ナンパされるくらいには可愛い幼馴染とこうして並んで歩いている自分が場違いに感じて、なんだか居た堪まれなくなってしまう。
「…………えへへ」
だっていうのに、花梨はなんか嬉しそうだし。なんだってんだ。
ていうか、さっきからコイツ、ずっと楽しそうなんだよなぁ。
すぐに機嫌良くなってるし。まぁそのほうが助かるからいいんだけどさ。
「うん、私、トウマちゃんから離れないよ」
「だからって引っ付けってわけじゃないからな」
腕に手を絡めてこようとする花梨を振りほどきながら、足を前へと進めていく。
「えー、ケチー」
「ケチじゃない」
そんなのは恋人同士でやることだろ。
俺たちはまだそんなんじゃない。人目もあるし恥ずかしすぎだ。
「ぶー…」
「ほら、手くらいは繋いでやるから」
まぁ人が多いし、これくらいならいいだろう。
花梨の手を握ってやると、一瞬花梨はビクリと体を震わせた。
「ふぇ…?」
「はぐれたらまずいからな。しっかり握っとけよ」
そう言いながら、俺は花梨の手をギュッと握り締めるのだが、こっちも思ったより小さい。
(なんつーか…)
女の子って感じがするな。
だからどうしたって話だけど。
「…………うん!」
頷いて俺の手を握り返してくる花梨も、なんだか女の子のように思えた。
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