第33話 彼女になんか用ですか?
「えぇ…マジかよ…」
ありえるかもとは思っていたが、まさかほんとにこんなベタなイベントが待っているとは。
確かに花梨は黙っていれば美少女だ。事実俺の学校にだって、遠目から見たアイツに一目惚れした生徒は決して少なくないと聞く。
だがそれはそれとして、休日のデートの待ち合わせで、しょっぱなから声をかけられるとか、どんだけ人目を惹く容姿してんだアイツ。
早くも億劫になってきたし、隣を歩きたくないという気持ちがふつふつと沸いてくるのを感じてしまう。
なんかこう、俺じゃ釣り合いが取れないなと、改めて見せつけられているというべきか。
ゲームかアニメの中でしか見たことのないガチのナンパ風景を前にして、俺は早くも脱力していた。
「なぁいいだろ。君みたいな可愛い子、俺ら初めてみたんだよね。めっちゃ興味あるんだわ」
「そうそう。ここまで綺麗な女の子とか、大学にだっていないって。君、高校生かな?すごく綺麗な髪だね。それって染めてんの?もしかして地毛?話を聞かせてもらっていいかな」
そうして肩を落としている最中にも、ふたりの男の口は止まらなかった。
とりあえずタイミングを伺うべく様子見していたのだが、どうもひとりが持ち上げると、すかさずもうひとりの男が乗っかるのを繰り返しているようだ。
そうやって花梨が口を開いたところで主導権を渡すことをしないよう、会話のペースを上手く保っているのだろう。
話すタイミングといい、コンビネーションといい、どうも見た感じ、相当ナンパ慣れしているらしい。
(なんか手馴れてるっぽいなぁ…まぁモテそうっちゃモテそうな感じだけど…)
見た目も長身の筋肉質でツーブロックといった、いかにもなワイルドな肉食系だし、コンビでああいうことを何度も繰り返しているんじゃないだろうか。
物珍しい光景を前に、ついそんな分析をしてしまうが、見ると花梨はなにやらキョトンとしている様子。
あの空気に流されているのかもしれないな。そうだとすると、少しまずいかもしれん。
昨日念押ししたものの、アイツは人を疑うことを知らないからなぁ。
お調子者でもあるし、ああもおだてられてしまったら、流れに乗ってくっついていってもおかしくないんじゃなかろうか。
(仕方ない。割り込むか)
そう思い、一歩足を踏み出そうとしたのだが…
「あの、ごめんなさい」
聞こえてきたのはよく知ってる幼馴染の声。花梨がナンパ野郎達に話しかけたようだった。
「ん?なになに?遊んでくれる気になった?」
「それなら歩きながらでも自己紹介しない?君のこと知りたいからさ。そんでまずは連絡先の交換でも…」
花梨が反応したことに気をよくしたのか、ふたりはさらに距離を近づけた。
花梨よりずっと体格のいいふたりが、囲むように立ちはだかる。
さり気ない動作だったが、えげつないな。逃がす気がないぞあれ。
圧迫感もあるし、普通の女の人ならキツイだろう。幸いここは人目がある場所だからその気になればなんとかなるとはいえ、気が弱い性格の人ならきっと萎縮するに違いない。
逃げたいのなら、大声をあげるなりダッシュするなりすればいいのだろうけど、花梨は違った。
「あの、そうじゃないんです。すみません」
「え?」
「私、待ち合わせている人がいるんです。その人と遊びに行く予定ですので、お兄さん達と出かけることはできないんです。ごめんなさい」
そういうと、花梨はふたりを真っ直ぐに見据えながら、ペコリと頭を下げたのだ。
「え、そ、そうなの…?」
「はい。もうすぐ来るはずなので、ここから動くわけにもいかないんです。話しけてくれてありがとうございます。遊びに誘ってくれたのは嬉しかったです。でもごめんなさい。一緒には行けません」
花梨の行動に面食らったのか、ナンパ野郎達は動揺をみせる。
そこに花梨がまた謝るものだから、ここはもう引き下がるしかないだろう。
美少女の誠実な対応を前にして、周囲の男達を見る目に白いものが混じり始めたからだ。
中には遠巻きながらヒソヒソと話すグループの姿もあるし、花梨に同情する流れが出来始めているのを肌で感じる。
「へ、ぇ…」
それを見て、俺は正直意外に感じた。
いや、関心したというべきか。ああも忽然と断ることができるとは、正直思っていなかったからだ。
花梨の性格上、適当にふたりに話を合わせて談笑しつつ、途中で流れをぶった切るものとばかり思っていたので、ああもあっさり断るのは予想外だった。
「いや、でもさ、俺たちと遊びに行ったほうが絶対楽しいって!全部奢るしさ!」
だが、関心したのも束の間のこと。
愛想笑いを浮かべ、再度ふたりは話しかけ始めたのだ。
空気が悪くなったことで、逆に引くに引けなくなったのかもしれない。
あるいは花梨のような上玉を逃したくないと意地になっているのか。
どちらにせよ、このままだとあのふたりが花梨の前から去っていくことはなさそうだ。
(ここいらが潮時かな)
食い下がってるところで悪いが、あの諦めの悪さにこれ以上花梨を付き合わせるのは酷だろう。
なにより、俺が見たくない。実はさっきから胸の奥に妙なムカツキを覚え始めているのだ。
なんかざわざわするというか、とにかくいい気分はしなかった。
「なぁいいだろ。待ってる人が誰かは知らないけど、後で連絡いれりゃいいじゃん。女の子だったらダブルデートでも全然OKだし。俺らを助けると思ってさぁ」
俺は今度こそ足を止めることなく、目印の銀髪に向かって歩き出す。
なるべく胸を張り、物怖じした態度を見せないよう、堂々と。
「えっと…あの、言いにくいんですけど、お兄さん達って全然私の好みじゃないっていうか…本音を言うと遊びにも出かけたくもないなぁって…」
「え」
「ていうか、私の好みのタイプってひとりだけっていうか、ひとりしかいないというか……あ…!」
そんな俺を見つけたらしく、ナンパ野郎達の間から花梨と目が合った。
なんとまぁ、あからさまに目を輝かせやがって。
やめてくれ、待たせちまったことに罪悪感を覚えてしまうだろーが。
だっていうのに、なんかこっちまで嬉しくなっちまうじゃないかこんちくしょうめ。
「あの、すみません」
なんだか妙な勇気まで湧いてきてしまい、勢いそのままに男たちの間に割って入る。
「ん…?なんだよ…こっちは今…」
「俺の彼女に、なんか用ですか?」
ついでにそんなことを言ってしまうのだから、勢いってやつは恐ろしかった。
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