第32話 美少女とのデートのお約束

 翌日迎えた休日の土曜日。


 その日の目覚めは正直快適とは言い難いものだった。




「…………また夢に出てきたよ、あの神様……」




 重いため息とともにゆっくりと起き上がる。


 今日出てきた紙袋は暗闇の街中で背後から高速で追いかけてくるものだったが、あれはとんでもない恐怖だった。


 まさに悪夢そのもので、おかげで昨日に引き続き目覚めは最悪。


 正直安らぎを求めてワンチャン二度寝をしたいところだったが、生憎とそうはいかない事情がある。




「悪夢の元凶に自分から会いに行こうなんて、俺も大概付き合いがいいなぁ」




 あるいはもの好きと言えるかもしれないが、それは考えるのはやめとこう。


 自分はまだまともな部類と思ってるし、そうでない可能性を考えると気が滅入る。


 早くも沈みつつある気持ちを切り替えるべくベッドから起き上がりシャワーを浴びると、部屋に戻り、部屋のクローゼットに手をかけた。


 途端少し埃っぽい匂いが鼻につく。これは換気をしといたほうがいいなと思いながら、ハンガーにかけられた上着に目を通す。




「さて、どれを着ていくかな」




 デートに着ていく服をどうするか、少しばかり思案して、俺は手前の服へと手を伸ばした。


 この前買ったばかりの春物の衣服。薄手の黒のジャケットだ。


 シャツは既に選んでいたため、袖を通すだけで済む。


 それなりにいい値段がしただけあってか、肌を包む感触はいい感じだ。


 後は白のパンツを合わせて準備完了。シンプルな組み合わせだが、まぁ悪くはないだろう。




「うしっと…後は家を出るだけだ」




 今日は俺にとっても初のデートとなることだし、本来はもっと気合を入れたほうがいいのかもしれないが、残念ながらそうする気にはなれなかった。


 理由のひとつはそもそもの話、デートに行くことを告げられたのが昨日の今日で、準備する時間がなかったというのがあるが、やはり一番は俺自身が今日の花梨との映画鑑賞を、まだデートと認識できていないことにあるのだろう。




 どうしても遊びに行くだけでしかないと、頭のどこかで思っている自分がいるのだ。


 意識改革する気もないのだから当然といえば当然なのだが、そのことに申し訳なさを覚えているのもまた確か。


 花梨を幼馴染としか見れない自分と女の子として意識して欲しいというアイツに対する罪悪感が、ジレンマを生み出しているのかもしれない。




「こんなことで悩む日が来るなんて、思ってもいなかったな…」




 家の戸締りを確認して最後に玄関に鍵をかけると、俺は家を出て歩き出す。


 俺の思いとは裏腹に、今日の天気は文句のつけようもないくらい、晴れ晴れとした快晴だった。








「お、案外混んでるな…」




 20分ほど歩いてたどり着いた休日の駅前は、まだ10時にもなっていないというのに思った以上の賑わいを見せていた。


 すれ違うのも俺と同じくらいのやつらから大学生、はては家族連れの人達まで様々だ。


 スーツ姿の人もいることから休日でも働いているのだろう。そこはご苦労様である。


 まぁそれはさておいて、待ち人を探すべく俺は人波を縫うように、待ち合わせ場所まで歩を進めていく。


 昨日はあの後少しばかり話し合い、駅前にある中央広場で合流することを決めていたのだ。




 花梨曰く、そこが待ち合わせ場所としてベストらしく、互いの姿を探し合い、見つけることでデートの空気が生まれるのだとか。


 やたら目をキラキラと輝かせて語っていたことから、本人は本気でそう信じていることは長年の経験からわかったが、俺の立場から言わせてもらえばその意見には半信半疑どころか全否全疑だ。




 世の恋人達はどうだか知らんが、俺と花梨じゃそういう空気が生まれる可能性なんて皆無に近いと断言できる。


 だってアイツ、俺の姿を見つけたら基本嬉しそうに駆け寄ってくるし。


 基本待ちができないから、俺から声をかけるより先に自分から話しかけてくる姿が容易に想像できてしまう。


 そんなんで恋人らしい空気?忠犬っぷりを発揮した和やかな空気は生まれるかもしれんが、そっちに関してはそもそも皆目見当がつかない。


 結局はいつもと同じなんじゃないだろうかと思いながら、俺はたどり着いた広場で視線を彷徨わせていた。




「さて、花梨はもう来てるかね」




 まぁすぐ見つかるだろうと高をくくってるので、そこまで真剣に見ているわけでもないんだが。


 アイツの髪色は嫌でも目立つからな。いるならそのうち視界に飛び込んでくるだろう。




 いなかった場合は…寝坊かな。そのときはスマホでコールすれば飛び起きて文字通り駆け抜けてくるに違いない。


 そんな感じで楽観的に考えていたのだが…




「ねぇ、君ひとり?俺らと遊びに行かない?暇してんだよね」




 なにやら軽薄そうな声が耳に飛び込んでくる。


 こりゃナンパだな、よくやるわ。


 そう思ったものの、なんだが背筋に嫌な予感がひた走る。




「まさかな…」




 嫌々ながらも視線を声のした方向に向けるのだが、そこにはふたりの男に話しかけられている美少女の姿があった。


 そしてその髪は銀の色を帯びている。


 言うまでもなくその子は、待ち合わせしているはずの、俺の幼馴染であった。


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