第29話 神代さんちは甘やかす
俺の家と神代家は、記憶にある限り昔から仲が良かったと思う。
両親が仕事人間ということもあり、小さい頃は帰りが遅くなることがあると、たまに花梨の家に預けられたりもしたものだ。
別に親が帰ってこないからといって寂しかったりはしなかったし、子供ながらに自分で料理を作ったり掃除をしたりと、家事の一通りは既に覚えており、やることはあったからひとりでも問題なかったのだが、安全を考えて念のためということだったらしい。
まぁそれはいい。
花梨の家は父親が企業の社長をしていることもあってか俺の家より広くて綺麗だったし、他の子の家に遊びに行くという非日常感と好奇心も手伝って、なんとなくワクワクしたりしたからな。
おばさんも綺麗な人で、花梨と同じ銀色の髪と、花梨にはない大人びた、だけどどこかほんわかとした雰囲気に、小さい頃はドキドキしていたことも思い出す。
初恋とまではいかなくても、興味のようなものはあったのかもしれない。
我ながらマセガキだった。だけどそんな淡い想いも、すぐに霧散することになるのだが。
「はーい、花梨ちゃん。おやつですよー」
「わーい!やったー!」
何度も預けれ、やがて俺は気付いてしまった。
花梨の親が、めちゃくちゃ娘に甘いことに。
絶対に娘を叱らないし、とにかくひたすら甘やかすのだ。
猫可愛がりという言葉が相応しく、事あるごとに抱きしめたりおやつを与えたり、なんでもやってあげる光景を事あるごとに見せられていた。
そして当時の俺は思ったのだ。
あ、これダメな親だと。
この段階で花梨の性格がひん曲がらずにいたことは正直奇跡だったと思う。
根が素直なやつだったから良かったものの、このままいけば間違いなく甘やかされたダメ人間になると察した俺は、花梨に厳しく接することにした。
あれはやっちゃダメだとか、これはこうしたほうがいいだとか、俺なりの倫理観を持って色々と吹き込んでいったのだ。
我ながらお節介が過ぎたと思うし、なんならウザがって距離を置いても良さそうなものだったが、花梨は何故か嬉しそうに俺に懐いて常に後ろにくっついてくるものだから、さらに構うようになったわけだが…思えばこれも、俺が花梨を女の子として見ることのできない遠因なのかもしれなかった。
まぁそんなこんながあって、気付けば花梨の両親からはなんか信用されるようになっていて、特におばさんからは「将来なにがあっても冬真くんがいれば大丈夫ね」なんて言われるようになってしまったのだ。
俺は当然スルーしてたし、その傾向は中学の頃から特に顕著ではあったが、花梨のおばさんは俺と花梨が結婚すればいいのにと、発言がエスカレートし、遊びに行くたびによく言われていたことを思い出す。
それがさらに加速したのは、高校受験のために花梨に勉強を教えるべく隣にある幼馴染の家に足しげく通うようになってからのことだったが、トドメになったのはおそらく花梨の合格発表の時だろう。
当時は花梨の両親も娘の合格に関しては完全に諦めきっており、滑り止めはどこにしたらいいのか相談を受けてたりもしたのが、花梨の番号を発見したときはふたり揃って目を見開いたまま気絶していたことは俺の記憶にも新しかった。
ていうか、どんだけ自分の娘を信用してなかったんだよ。
いや、気持ちはわかるけども。俺だってぶっちゃけ花梨が合格することは半分諦めてたしな。
だけど気絶て。メンタル弱すぎてビビったわ。大人への敬意というものが一発で吹き飛ぶ光景だった。
復活後はおじさんなんて人目をはばからず号泣してたし、おばさんはおばさんで俺の手を掴みながら何度も何度も感謝の言葉を口にされ、それを嬉しいと思うよりも正直めちゃくちゃ引いていた。
春休みなんて記念の海外旅行にまで招待され、危うく拉致されそうになったのをなんとか回避できたのは良かったものの、どうやら相当に信頼を買ってしまったらしく、花梨を頼む、君なら任せられると念を押されるようにまでなってしまったのは今思えばやっちまったと思う。
だってその頃は花梨に告白される前だったし、向こうも俺には気がないだろうと割り切ってた時期だったしさぁ。
こっちとしては本当にただの善意だったわけよ。
単純に幼馴染を心配しての行動であって、マジで恋愛感情なんて一切ないうえでの教えだったわけで。
はいはい、わかりましたわかりましたと流していたわけだが、これからのことを思うと正直頭が痛くなる。
こめかみを押さえつつ、俺はとりあえず話の続きをすることにしたのだった。
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