第12話 類は友を呼ぶ
「ん、この辺でいいわね」
やがて柊坂が立ち止まったのは、硬いリノリウムの床ではなく、風に晒されたことで少し柔らかさの残る、吹きさらしのコンクリートの上だった。
「初めてきたけど、結構景色いいんだな。こりゃ穴場だわ」
柊坂に連れられたどり着いたのは、学校の中庭。
その中でもさらに人目がつかない死角となる一角だ。
「ええ、この前見つけたの。手入れの行き届いているし、ゴミも見当たらない。こういうところはちゃんとしてるみたいね、うちの学校」
「へぇ、そりゃいいことだな」
辺りを軽く見渡すと、それなりの広さがあり、緑の芝生と少しばかりの木が植えられており、景観を意識してるのか、ちょっとした庭園のようでもある。
上を見上げると、青々とした空と渡り廊下の窓が確認でき、生徒が時折行き交う姿が見れた。
俺もあそこからこの場所の存在自体は見ていたから知ってはいたが、こうして訪れてみるのは初めてだ。
ベンチも設置されており、座って弁当を広げている生徒の姿も確認できたが、それでもそこまで人気はない。
「しかし、意外と人はいないのな。初めてきたけど天気いいし、中庭ならもっといるもんかと思ってたんだが」
少し疑問に思ったことを口にするも、即座に返ってきた柊坂の回答により、あっさり納得してしまう。
「今日は少し風が強いからじゃない?まぁこっちとしては好都合ね。ここならゆっくり話ができるでしょ」
「それもそうだな」
改めて俺たちは向かい合うも、居心地はあまり良くなかった。
柊坂に正面から見据えられているせいだ。彼女は俺より頭半個分は背が低いけど、つり目がちな瞳で見つめられると、とてもそうは思えない。
威圧感というほどではないが、確かな存在感が柊坂にはあるからだ。なにかされたわけでもないのにこうしているだけで、つい気後れしてしまう。
相変わらず端正な顔をしているが、ここまでニコリともせず、表情を崩していないため、どこか人形のような印象を与えてくるのだ。
それが目には見えないプレッシャーになっているのかもしれないと、なんとなしに俺は思った。
「では改めて。三雲くん、私は貴方に話があるわ」
花梨とは違う、紫がかったアメジストのような瞳を細めながら、柊坂は軽く髪をかきあげた。
見る人が見ればいっそイヤミに見えるほど、妙に様になっている仕草だ。
途端、綺麗なブロンドヘアーが大きく靡く。なるほど、確かに今日は風が強いらしい。
サァッと枝葉が揺れる音がして、木漏れ日の光が大きく揺れる。
昼下がりの日差しは照らすものへハッキリと暗影をつけており、それが一種の舞台装置のようでもあった。
(美人ってやっぱずるいよなぁ…)
吹き抜ける春風に揺れる金の髪と相まって、佇む柊坂はどこか幻想な雰囲気を醸し出している。
その姿はまるで二次元から抜け出していたかのようだ。
今の彼女は、写真に収めたくなるほどに、あまりにも絵になりすぎていた。
「まぁ、そうだろうな。それで、話ってなんだよ」
内心の動揺を悟られないよう、できるだけぶっきらぼうに言葉を返す。
ちょっとだけドキリとしちゃったのは、ここだけの秘密だ。
花梨以外の女の子と話す機会自体あまりなかったし、こういうギャルゲーみたいなシチュエーションには縁がない。
ていうか、柊坂めっちゃ可愛いし。
花梨みたく幼馴染ってわけでもないから、普通に女の子として見てしまう。
身体は正直ってやつなんだ。だから仕方ないよね男の子だもん。
(ただなぁ…)
ひとつ問題があった。
柊坂を可愛いと思うものの、俺は彼女と付き合いたいかと言われたらそうでもないのだ。
俺にとって見逃すことができない大きな問題を、柊坂が抱えているからである。
念のために言っておくが、別に柊坂が深い闇を抱えているとか、家庭に問題があるとかってわけじゃないぞ。
ついでにいえば、紙袋を被ったわけでもない。
ただまぁ、なんていうか、うん……それは……
「フッ…それはね…」
柊坂は一度言葉を区切り、瞠目する。
「それは?」
次の瞬間、彼女は大きく息を吸った。
出てくる言葉はなんだろうと、思わず身構えてしまうのだが、
「花梨が私と話してくれないのよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
柊坂の喉から出てきたのは、ものすっっっっっごい情けない慟哭だった。
「ええぇぇぇぇ…」
思わず俺も情けない声が飛び出すも、これに関しては不可抗力ってやつだろう。
うん、わかってた。なんとなーくわかってはいたんだが、それでもやっぱり美少女のこんな嘆きの声を聞きたくはなかったのが本音だ。
なんでわかってたかと聞かれたら、俺知ってたし。
柊坂がどんなやつで、どんな性格をしてたかなんて、とっくの昔に把握済みだ。
…………柊坂エリス。
中学の頃からの同級生で、花梨の親友。
そして同時にコミュ障を拗らせ、花梨以外とはまともに話すことのできない、残念すぎる女の子でもあった。
……うん、まぁあれだ。これは類は友を呼ぶという、ただそれだけの話である。
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