第10話  対極の金色

「なんか朝から疲れたな…」




 迎えた昼休み、チャイムの音が鳴り響き、先生が教室から出ていくのを確認すると同時に、俺は机の上に身を投げ出していた。


 別に授業がしんどかったわけじゃない。それ以外の理由で、強い疲労感に襲われたからだ。


 それに関して語るまでもないとは思うのだが、敢えて言うならズバリ幼馴染の奇行が原因である。




 あれから学校に着いたまでは良かったものの、後から教室に入ってきた花梨に何故か恨めしそうな目を向けられたのだ。


 それは休み時間もずっと続いており、他の女子が話しかけても反応することなくこっちをジッと睨んでくるその姿は怖くはないが、好意を持たせる宣言をしておいてのそれは逆効果にも程があるだろう。


 あやつの考えがわからず、正直いってちと不気味ではある。




 一緒に入ってきた他の女子からはなんか生暖かい視線を送られるし、そういう意味でも散々だ。


 意図の分からない行動というのは、どうもプレッシャーを感じてしまうものであるらしい。


 朝からなんだか気が乗らず、ここに来て一気に疲れが押し寄せてきているのが現状というわけだ。




「アイツ、なに考えてんだか…」




「よう、三雲。なに寝そべってんだよ」




 ぼんやりとしていると、話しかけてくる声があった。


 顔をあげると、そこにはいかにもチャラそうな茶髪の男が立っている。


 久瀬立彦くぜたつひこ―高校に入ってから出来た友人が、ビニール袋を片手にどこか呆れたような表情を見せていた。




「ん、あぁ、久瀬か。いや、この世からストーカー被害をなくすにはどうすればいいか、ちょっと考えててな」




「お、おう…えらく重いこと考えてたんだな…邪魔したか?」




 そう言いながら、久瀬は空いていた前の席の椅子を引いて腰を据えた。


 若干引いているあたり、どうも俺の言葉を真面目に受け取られているらしい。


 久瀬は高校でできた初めての友人だが、まだ付き合いが浅いためにイマイチこちらのボケに乗ってくれないのだ。




(花梨だとツッコミいれてくれるんだけどな)




 自分を変えるべく、高校デビューを決めるために髪を染めたらしいのだが、どこか常識人タイプであり、見た目はいいのにこういう乗り切れずにまともな対応をしてしまうところが、陽キャグループに混じれきれない原因なんだろうなと、薄ぼんやりと思ってしまう。


 まぁそのほうが助かるというか、友人として有難いのだけど。




「いや、大丈夫だ。昼休みだもんな、飯食おうぜ……あ、ちょっと待て。久瀬、お前ネクタイ曲がってんぞ」




 気持ちを切り替えようと起き上がった時、そのことがちょっと気にかかったため、俺はそのままの勢いで立ち上がる。




「え、マジ?」




「マジマジ。ほら、じっとしてろ。直してやんよ」




 そう言いながら俺は友人のネクタイに手をかけ、素早く形を整える。


 ん、まぁこんなもんだろ。直しついでに久瀬の胸を軽く叩くと、何故かやつはちょっと照れくさそうな顔をしていた。




「どうしたよ?」




「あ、いや。こういうのされたことなくてさ。つか、三雲って結構気が利くよな。助かったわ」




「まぁこういうの慣れてるからな。んじゃ改めて座りますか」




 主に幼馴染関連で、身支度に関しては割と目端が効くようになったのは確かだが、果たしてこれは男に必要なスキルなんだろうか。


 わずかな疑問を抱きながら席に座り直し、食事を取ろうとカバンから袋を取り出したタイミングで、今度は久瀬から質問が投げかけられた。




「なぁ、さっきの話の続きなんだけどさ。そのストーカー被害について考えてたのって、もしかして神代さん絡みなのか?」




「え?あー…」




 どうやら余計なことを言ってしまったらしい。


 その質問、めちゃくちゃ答えづらいんだが。


 絡んでる。絡んでるよ。だってストーカーしてきたの花梨だもん。




「あの子、めちゃくちゃ可愛いもんな。あんな可愛い子、俺初めて見たし。そりゃストーカーのひとつやふたつされるよな…」




 いいえ、違います。してるほうです。


 アイツ加害者。被害者、俺。


 得心してるところ悪いけど、アイツはストーカーされたところで多分気にも止めないぞ。


 むしろ好意に気付かずナチュラルに話かけるんじゃないだろうか。


 そんな光景がアリアリと想像できてしまい、思わず辟易してしまう。




「まぁアイツ、危機感足りてないところあるからな…」




「あー、わかるわ。なんか天宮さんって、無防備っていうか、隙が多いタイプだよな」




 サンドイッチを頬張りながら、久瀬がそんなことを言ってくる。




「そうなんだよ。いつか悪いやつに引っ掛かりそうで、そこが正直心配だ」




 俺もそれには、全く持って同意だった。頷きながらおにぎりを取り出すのだが、




「あの顔じゃ寄ってくる男なんていくらでもいそうだもんな。三雲、お前彼氏なんだからあの子のこと、ちゃんと守ってやれよ」




 次の久瀬の発言に、ピタリと、開封しようとしていた手が止まってしまった。




「ん?どした?」




「おい、彼氏ってなんだ。なんでそこで俺の名前が出てくるんだよ」




「はぁ?なんでってお前、神代さんと付き合ってんだろ?彼氏なら自分の彼女守るのは当たり前だろが」




 久瀬は胡乱な目で俺を見る。


 なにいってんだこいつとでも言いたげだったが、そりゃこっちの台詞である。




「俺と花梨は付き合ってねーよ。変な誤解すんなよな」




「そうなのか?だってお前らいつも一緒じゃん。今日は何故か来てないけど、昼飯のときも大抵は一緒だし…」




 いきなり飛び出てきた事実無根の与太話を流せるほど、俺はまだ大人じゃない。


 とりあえず否定しておいたが、久瀬は半信半疑の様子だった。




「別にそういう時だってあるだろ。アイツのほうが友達もずっと多いからな」




「そりゃそうだが……おい、三雲。神代さん、なんかめっちゃこっち見てね?」




 会話の流れからか、俺の言ってることが本当か確かめるかのように花梨のほうを向いたのだが、なにかに気付いたのか、こっちに疑問を投げかけてくる。


 釣られるように、俺も花梨のほうを向くのだが…




「じー……」




「……見てるな」




「だろ?めっちゃ見てるよな」




「ああ、見てるな、めちゃくちゃ見てる。バッチリ見てるわ」




 明らかに知能指数の低下した語彙力のない会話を友人と交わしながら、俺は半ば呆れていた。




(花梨のやつ、どういうつもりなんだ?今朝からアイツ、ずっと変だぞ)




 さすがに昼休みに入ってまで見られているというのは、気分のいいものじゃない。


 昨日の告白の負い目と紙袋の件から強く出ることを躊躇っていたが、さすがにここまでくると面と向かって話す必要がありそうだ。


 食べかけのおにぎりを口の中に放り込み、立ち上がりかけたその時、




「三雲くん、ちょっといいかしら?」




 俺の名前を呼ぶ声に、体の動きが止められる。


 久瀬に引き続き、千客万来とはこのことか。


 出鼻をくじかれたことに軽い肩透かし感を覚えながら、聞き覚えのある声の持ち主に向けて、返事を返すことにする。




「別にいいけど。何の用だよ、柊坂」




 俺が答えると同時に、視界に過ぎるは金の色。


 花梨の銀色の髪とはある意味対極の輝きを放つその人物は、俺の目の前へ悠然と立ち塞がった。




「それは歩きながらにでも話すわ。着いてきて頂戴」




 柊坂ひいらぎざかエリス。


 中学の頃からの知り合いで、花梨の親友といえる女の子だった。





















「うー…」




 ちなみにこの時には見えなかったが、柊坂の後ろで不機嫌そうに唸ってるやつがいたとかいなかったとか。

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