第9話 コアラ?いいえ幼馴染です
さて、少し話は変わるが、俺の通っている私立翔成高校は、高めの偏差値とそれなりに有名大学への進学率を誇る、所謂進学校である。
下調べはしていたが、基本校則は緩いし、通っている生徒も穏やかな人柄であることが多く、いざ入学してみるとなかなかに居心地は悪くなかった。
住めば都というけれど、やっぱり余計な苦労なんてしょいこみたくないもんだ。水は澄んでるほうがいい。
友人もそこそこ出来たし、俺の高校生活のスタートダッシュはそれなりに順風満帆といったところだろうか。
少なくともぼっち陰キャ路線は回避できたと思いたい。
まぁそのルートに突入する可能性は、花梨がいる限りきっと有り得ないんだろうけど。
個人的には家から徒歩二十分という、遅刻の可能性も低く、歩いて通えるくらいの距離でそれなりに近場にあることが特に気に入っている点なのだが、他の生徒からするとうちの学校の一番のウリはどうやら制服であるらしい。
特にプロの有名デザイナーに発注したと噂される、刺繍の入った黒のブレザーにチェックのスカートを組み合わせた女子の制服は、近隣の中学から人気が高く、翔成の制服を着ることを目標に受験する生徒も多いのだとか。
人の趣味趣向なんてそれぞれだし、それがモチベーションとなって原動力に繋がるなら、俺はそれでいいと思う。
うちのクラスでも入学したての当初は、女子達が互いの制服姿を褒め合って、可愛い可愛いとはしゃいでいたことは俺の記憶にも新しい。
実際うちのクラスは可愛い子が多いし、男子はそんな女子を見て頬を緩ませるやつも少なからずいたのだが、その中で一際目立っていたのは花梨であったことはもはや言うまでもないだろう。
なんだかんだ、俺の幼馴染の美少女っぷりは飛び抜けている。
なにも言わなければアホの子とはバレないから、そういう意味ではやはり容姿がいいっていうのはとてもでかい。
だけど、実はそんな花梨に対抗できるやつがひとりいたりするのだが、そのことに関しては今回は割愛させてもらう。今は言及する必要もないからな。
まぁちょっと話がそれたが、歩いて10分が過ぎた頃には俺の視界にも、その制服姿の生徒達がチラホラ映るようになっていた。
学校に近づいているし、通学路にも合流したため、当然といえば当然だ。
ひとりで歩いている生徒もいれば、二人三人と並んで会話に花を咲かせている生徒もいて、様々な登校風景が垣間見える。なかにはカップルの姿もあるようで、死ねばいいのにと密かに思う。
うんうん、実にいいことだ。青春してるねぇ皆。だけど断言しよう。
「じー…」
ストーキングされながら登校してる生徒なんて、俺以外ぜってぇいねぇということを。
それも銀髪美少女にだ。しかも家からずっと付け回されるなんて、それこそレアな体験だろう。泣けちゃうね、色んな意味で。
飯を買うためにコンビニに寄ったときなんて、外からジッと見られて謎の羞恥心に襲われたしな。
ちなみに羨ましいと思う?実際されるとキッツイぞ?
断言しよう。こんなアオハル、俺は嫌だ。
「…………」
無常感に満ちながらも、一歩二歩三歩。止まらず歩く。
「…………」
後ろからも続く気配。他の靴音に混じって、地面を叩く音がハッキリと聞こえる。
俺と同じリズムを刻みながら、離れて後ろを歩いている。
「…………」
試しにピタリと突然立ち止まってみる。
するとどうでしょう。後ろでも同じように立ち止まる気配を、ハッキリと感じ取ることができるじゃありませんか。
「じー……」
ただし視線は俺に固定されているようです。なんかひたすらガン見してる模様。
なんか背中がむず痒いのは気のせいじゃないだろう。
いや、マジでなにしてんスか花梨さん。
なんで君、俺のことつけてるんスか。なぜ見てるんです?
これがお前なりの攻め方なの?これで好きになるとでも?
逆にいい加減痺れも切れるわこんなん。文句のひとつでも言おうかと、俺は唐突かつ突然に、勢いよく後ろを振り向いた。
グルンッ
「!?」
バッチリ目が合う俺と花梨。
花梨は青い瞳を大きく見開き、びっくりしたような顔をしている。
え、なにその顔。まさか俺が気付いてないとでも思ってたのか?
「あ、あわわわわ」
花梨の中での俺の評価に疑問が生じ、思わず凝視していると、花梨は粟を食ったかのように目に見えてあわあわし始めた。
つーか言ってる。めっちゃ口で言ってる。
数秒パニクった後、近くの電柱に飛びつくように隠れるけど、うん、やっぱ隠れきれてない。
だから髪が丸見えだっつーの!手も見えてるし、電柱に抱きついてるとかお前はコアラか!?
そもそもバッチリ見つかってる以上もう遅いよね、その行動。意味あんの?
「あ、花梨ちゃん。おはよう!」
「なにしてるの?」
「え!?あ、こ、これは…」
心の中でツッコミをいれまくりつつ、実際に声をかけるべきか改めて迷っていると、隠れていた花梨に背後から女の子達が話しかけていた。
俺にも見覚えがあるあたり、クラスメイトなんだろう。
……いや、クラスメイトだったらまずくね?この状況。
アイツ、明らかに奇行に走ってんだぞ。オラ、ハラハラするんだが。
「いやー、今日も可愛いねー。てか、なんで電柱に抱きついてんの?そういうプレイ?三雲くん変わってるねー」
「プ、プレイって…そんなんじゃ…」
「いいからいいから。まだ付き合ってないって聞いてたけど、特殊な趣味を持ってるなら納得だ。大丈夫、それでもあたし達はふたりの仲を応援してるからさ」
「そうだよ花梨ちゃん、大丈夫、私たち引いたりしないから。いつものことだもんね」
「えええ…」
……なにしてるんだろう、あの子達。
電柱を抱き締めるアイツを、彼女達がどう思うのか気になって事の成り行きを立ち止まって眺めていたのだが、なにやら会話が弾んでいる様子。
だけど何故だろう。めちゃくちゃ嫌な予感がする。
なんかあの場で凄まじい誤解が生まれているような、そんな予感がヒシヒシと感じ取れるのは、果たして気のせいなんだろうか。
何故か女子のひとりからサムズアップが送られてくるし、全くもって不可解な事態の連続である。
てかおい、その笑顔はなんだ。なんで晴れやかなんだ。
つーか、どういう意図があってそれをした。なにを理解したというんだ。
俺は花梨が何故ストーキングしてきたのか、これっぽっちも理解できていないんだが。
「あ、皆なにしてんのー?」
「神代さんじゃん。三雲くんは一緒じゃないの?」
もういっそこっちから声をかけようかと思ったところで、花梨のもとへさらに女子たちが次々と合流してくる。
ただでさえ目立つ容姿をしているうえに、近くにいるのが女子のみという気安さが働いたのか、電柱を囲むようにしてあっという間に人だかりができていく。
「お、おおう…アイツ、やっぱ人気あんのな…」
人気者だとは思ってたがここまでとは。
こうなるともう無理だ。男が女子の間に強引に割って入るなんて、生粋の陽キャでもないと無理無理無理のカタツムリよ。
このことに関しては別に俺がヘタレというわけではないはずだ。あの輪に入る気も起きず、俺は踵を返すことにした。
「ちょっ!?置いていかないでよトウマちゃーん!」
最後にアイツの声が聞こえたような気がしたが、俺にはストーカーの知り合いなんていない。敢えて無視した。
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