第8話  朝の銀髪は目に痛い

 花梨に告白され、ついでに神を名乗る不審者が部屋に出没した翌日。


 俺はいつものように朝起きて、学校に行くためにいつものように家を出た。




「ふぁーあ…」




 強いていつもと違うところを挙げるとすれば、若干眠いことくらいだろうか。


 喉から出てきたあくびを噛み殺しながら、俺は外の門へと足を進める。


 正直少しばかり寝不足だ。中途半端な時間に仮眠を取ったせいで、夜は寝付けずあまり眠れなかったのだ。




「ていうか、あの紙袋夢にまで出てきたし…ほんとなんなの…」




 あれのせいで途中で飛び起きてしまったのも悪かった。


 現実でも相当ビビったのに、夢だと完全にホラーの悪霊と化していたからな…


 まぁ幸いといえるのは今日が金曜日で、この日を乗り切れば土日休み突入。


 放課後以降はのんびりできるところだろうか。


 テストの結果は多分悪くないし、後顧の憂いも特にない。


 問題はそれ以外のところにありすぎるという点なんだけどな…




「しかし、神様ねぇ。あそこまでして、俺に拘ることもないだろうに」




 神様のことを脇におけば、昨日のことは客観的に見て、きっと俺のほうが悪いだろう。


 誰もが羨む美少女からの告白を袖にしたなど、他人事なら死ねこのクソリア充と内心唾を吐いていたに違いないし。




「花梨が幼馴染じゃなかったらなぁ」




 そう思うと、ついため息が漏れそうになってしまう。


 もしアイツが幼馴染でなく、高校で知り合っていたとしたら、こうも悩むことなく、きっと即OKしていたことだろう。




 だって俺、可愛い子好きだもん。ていうか、可愛い女の子が嫌いな男なんていないじゃん?


 美少女に告白されたら普通断らないよね、当たり前だよ思春期男子なんだもの。


 彼女を作って青春を謳歌したいって、心の底では皆考えているに決まってる。




 だけど花梨と幼馴染でなかった場合、俺とアイツにはきっと接点なんて生まれないし、関わることもなかっただろう。


 そう考えると苦虫を噛み潰したい気持ちになる。それはどの道俺には花梨と男女として付き合う可能性が閉ざされていたということにほかならないのだ。




 なら自分の気持ちを誤魔化して付き合うべきだったのか?いや、無理だ。そんな関係、長続きするはずもない。いずれ破綻するに決まってる。


 いっそこんな小難しい理屈を考える性格でなく、花梨みたいにちょっとアホの子入った楽天的な性格に生まれていれば良かったのに。




 (俺が取った行動は、他のやつからすれば愚か者そのものなんだろうな…)




 …………いや、でも紙袋はないな、あれはない。


 いくらポンコツなやつといえど、さすがに引いたわ…




「色んな意味で、現実って厳しいっすな…」




 結局、いくら考えを巡らせたところで意味はない。


 つまるところ、花梨はどこまでいっても、俺にとってはポンコツの入った、世話の焼ける幼馴染に過ぎないのだ。


 今更関係を変えるには、付き合いがあまりにも長すぎた。


 仮に付き合ったとしても、自分の気持ちに変化が生まれるなんて、正直とても思えなかったのだ。




 そういう意味では、俺は現状に満足していたということなんだろう。


 花梨との今の距離感が心地いいと、無意識ながらきっと思っていたに違いない。


 アイツとの関係が変わって欲しくなかったんだと、そう思う。


 なんとなくラノベや漫画ででてくる幼馴染達の気持ちがわかったような気になりながら、家の門を通り過ぎ、歩道へと足を踏み出した。




「さすがに今日は花梨もいないよな…?」




 いつもだと、外の塀に寄りかかりながら俺が来るのを待ち構えているのだが、今日は花梨の姿はそこにはなかった。


 当初は告白を断った以上、今まで通りの付き合いを続けるなんて無理だろうなと心の隅では思っていたのが、昨夜の一件で違う意味で付き合い方を考えたほうがいいのではないか思い始めたのはここだけの秘密だ。


 最悪、あの紙袋を被った通報待ったなしの状態で待機している可能性もあるんじゃないかとも考えていたため、安堵しているのが正直なところだった。




「まぁいないならそれでいいか。気を取り直して学校へ……?」




 いないことを確認した以上、いつまでもこの場に突っ立っていてもしょうがない。


 ひとまず学校へ向かおうろ、足を一歩踏み出した時、何故か妙な違和感に襲われた。


 強い視線を感じたというか、誰かに見られているように思えたのだ。


 なんだろうと振り返ると、湧き上がった疑問は即座に解消されることになる。




「じー……」




 幼馴染、そこにいた。


 電柱の影に、めっちゃいた。




「…………」




「じー………」




 隠れているつもりなのかもしれないけど、丸分かりだった。


 半身をガッツリ出しながら、何故かこっちをガン見してる。


 これは俺のツッコミ待ちなんだろうかと思ってしまうほど、普通に目立ちまくりである。


 朝の日差しに照らされて銀色の髪が反射しており、やたらキラキラと輝いていた。




(…………どうしろと?)




 え、これ俺から声かけないといけない流れ?


 昨日に引き続き、お前なにやってんのと、そう言わないといけない流れなんすか。


 なんか居た堪らない気持ちになっていると、俺の視線に気付いたのか、サッと体を電柱に隠す花梨。




 いやいや、隠しきれてないからね。


 お前の髪長いし、普通に見えてるから。


 自慢の銀髪、めっちゃ光ってるし。いっそ目に痛いまである。




「……おーい」




「…………」




 反応、ナシ。


 ますますもってどうすればいいのかわからない。


 コイツの全てがわからない。




「…………学校行くか」




 とりあえず行動からして話しかけて欲しくないっぽいと判断した俺は、学校へ向かうことにした。


 めんどくさくなったわけじゃない。断じてないぞ。遅刻したくないだけなんだ。


 自分にそう言い聞かせ、俺は足を前へと進めていく。


 後ろから感じる視線と聞こえてくる足音からは、全力で目を背けながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る