第3話 神、降臨
それから数時間が経ち、日もとっぷりと暮れた頃、俺はようやく家路に着いていた。
「ただいまーっと…」
なるべく音を立てないように注意を払って鍵を差し込んで玄関のドアを開けると、家の中へと素早く体を滑り込ませる。
そのまま背を預けるよう扉を閉め、完全に外部と遮断されたことを確認すると、大きく息を吐き出した。
「ふぅ…さすがに家の前にはいなかったか」
幼馴染の待ち伏せを警戒していたのだが、いなかったのは本当になによりである。
「今はなんて言えばいいかわからないしな。それはさすがの花梨でもそうだったか」
時間をずらし、用心深く帰宅したのは、単に花梨に会いたくなかったからだ。
また告白されようものなら、こちらももう一度断らざるを得なくなる。
アイツは基本アホの子だからか、異様にメンタルが強いのだが、生憎と俺はあそこまで強靭な精神の持ち主じゃない。
むしろ何度も告白を断るとか、申し訳なくて仕方ないと思うくらいには普通の感性を持った男だ。想いに応えられないとあれば尚更だった。
「どうすっかなぁ。あの様子じゃきっと、簡単には諦めてくれないよなぁ」
思案に暮れながら、俺は自室のある二階への階段を一歩ずつ進んでいく。
仕事の忙しい両親は、この時間でも帰宅してくることが滅多にない。
よって、現在家にいるのは俺ひとりだ。
そのことが正直有難かった。考えをまとめる時間が、今の俺には必要だ。
「実は彼女がいたって嘘でもつくか?んー、でも毎日一緒に帰ってたし、いくら花梨でも騙せないよな…」
ぶつぶつと呟きながら歩を進めると、やがて二階へと到着する。
この時にはもう思考の海に沈んでおり、周りが半ば見えていない状態だった。
所謂視野狭窄というやつだが、家にいる人間は俺ひとりという先入観があったのも事実だろう。
思い込みというやつは恐ろしく、現実を正しく認識できなくさせる。
「いや、案外いけるか…?花梨だもんな、可能性はゼロじゃねーわ」
そのせいで、俺は自室を隔てる扉の下から光が漏れていることに、ドアを開けるまで気付くことができなかった。
要するに、心構えなんてなにもできていなかったのである。
俺はなんの疑問も覚えることなく、ドアを開けた。
ガチャリ
「ま、とりあえず着替え―――」
そして、そいつはそこにいた。
「…………」
「…………はぇ?」
まず目についたのは顔だった。
いや、というかそこにあるのは顔なんだろうか。
普通、こんな疑問が生まれてくる状況などないだろう。
だが、俺は体感している。この世には人には理解できない世界があるのだということを。
俺はそいつを、真正面から見てしまった。
(なに、あれ…?)
とりあえず、なんか茶色い。あと角張ってる。
目の辺りなんてマジックで殴り書きでもされたかのように、黒く塗り潰されていた。
トドメに額?の位置には『神』の一文字が記されており、凄まじい負のオーラを放っているように感じるのは、果たして俺の気のせいだろうか。
本来人の顔があるはずの位置に、明らかに顔でないものが覆いかぶさっている。
というかあれ、紙袋だ。うん、多分そう。
この前スーパーでもらった袋になんか似てるし。きっとそうに違いない。
「…………」
ここまででわかったことは、多分あれは紙袋なんだろうということと、それを頭から被って部屋の中心に鎮座しているやべーやつがいるということである。
「…………」
さて、それじゃ次に俺が取るべき行動はなんだろうか?そんなもん考えるまでもない。
俺は未だ握ったままの扉のドアを、ゆっくりと引き戻した。
キィィィ…パタン。
「…………」
1.2.3
1.2.3
1.2.3
……ヨシ
数拍置いて、もう一度開ける。
ギィィィ……
「…………」
あ、まだいる。
「ははぁ…」
ストレスから白昼夢か幻覚でも見てるかと思いたかったけど、どうも夢でも幻でもないっぽいですね、これは。
今自分が見ているものが現実に存在している事実を直視して、俺は大きく息を吸った。
(…………こっええええええええええええええええ!!!!)
なんだあれ!?なんだあれ!?
ここ、俺の部屋だよな!?なんで怪奇紙袋怪人が俺の部屋にいるんだよ!?不法侵入だぞコラァッ!!こえぇよっ!!!
頭の中をクエスチョンマークが支配して、今の俺は半ばパニック状態だ。
ていうか、ならないほうがおかしい。現在進行形で、俺のSAN値はゴリゴリ削られている真っ最中であった。
「…………遅かったではないか、人の子よ」
シャ、シャベッタアアアアッッッ!!??
この紙袋さん、喋りましたでおわすことよ!?
人の子!?なにそれお前どんなキャラだよ!!??
「お、お、おまままま…」
「まずは自己紹介をしよう。私は…神よ」
…………What?え、神?えぇ?
なにいってんだ、こいつ
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