大商会子息編

前編

僕の名前はヴィルマー・モール。

モール商会の息子。

大商会の跡取り息子である僕には婚約者がいる。

男爵家の令嬢であるベティーナ・フォン・クルーゲ。


うちの家は貴族と関わりたくて、向こうの家はおそらく商会のお金目当ての婚約だ。

お互いに利益のある婚約だと分かっている。

だけど僕はベティーナにうんざりしていた。

出かけるたびにあの商品はうちの商会でも取り扱うべきだとか、あの商人の商売話は巧みだから見習うべきだとか。

楽しそうに話すのはいつも商売に関わる話ばかり。


次第にベティーナと出かけることも少なくなっていったが別に後悔はしていない。

そうして学園に入学した。そこで僕はアメリーという同じ平民の女の子に出会った。

ベティーナとは違い、いつも楽しそうに僕の話をしてくれて、話を聞いてくれる。

商売の話など1回もしたことがない。

だからなのか、次第に彼女と一緒に居るのが楽しくなっていった。


ある日、僕がアメリーを連れてモール商会に行くと彼女はキラキラした笑顔で置いてある人気のライトスタンドを強請ってきた。


「欲しいのは分かるけど、これは買わないとダメだよ」


売られている物を買うのは一般常識だ。彼女も分かってくれるはず。

そう思っていたのに。


「はぁ?なんでよ?」


急に態度が悪くなったアメリーに驚いた。

そんなに欲しいのか。それなら尚のことお金を払って買うべきだろう。


「一つくらい良いじゃない」

「いや、でも…」

「ここはヴィルマーの家なのでしょう?なら貰えるでしょ?」


確かにこの商会はいずれ僕が継ぐ。

だからといって置いてある商品が僕の物であるわけがないのに。あげられるわけがないのに。

ベティーナだったら絶対にこんなこと言わない。

むしろどうやってより多くの人に商品を手に取ってもらえるかを考えるはず…。


「とにかくあげられないから」

「あっそ。じゃあ、もう帰る」


そう言って商会から出て行くアメリー。

僕は彼女を追いかけたいとも思わなかった。


「お前、あんな女を連れて来て、馬鹿なのか?」

「兄さん…」


残された僕に話しかけてきたのは数年前に家から自立した兄だった。


「なんであんなのと一緒に居るんだ。ティーナは?」

「いや…」

「お前、ティーナのことを蔑ろにしてるのか?この商会を、お前を一番考えてくれている子を…」


驚いた。

ティーナはモール商会のことを考えてくれているとは思う。いつも商会や商売の話ばかりだったから。

でも、僕のことなんか…。


「お前に次期商会長として色々と学んで欲しくてあちこち連れ回してくれてたんだろうが…。お前の将来を案じてたのはティーナだ」

「何言って…」

「ティーナはお前のために商会をより大きなものにしようとしてくれてる。お前がモール商会に誇りを持っていることを知っているからだ」


そんなこと知らなかった。

いや、もしかしたら話してくれていたのかもしれない。

そうだ。いつだってベティーナは僕を応援してくれてたじゃないか…。


「ティーナ…」


謝らないと。

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