中編
次の日、教室に入るとアンゼルマは居た。
話しかけようと近付けば、さっさと教室から出て行ってしまう。逃げられたような気がした。
「気のせい…か?」
気のせいだろう、と結論付けて自分の席に着いた。
それから授業の合間に彼女に話しかけようとすればタイミング良く席を離れてしまう。
「やっぱり逃げられているな」
最初に逃げられた時に気が付くべきだった。
また近付けば逃げようとする彼女を追いかけた。
彼女の後ろ姿を見るのは久しぶりだったような気がする。
「くそ、見失ったか」
誰も居ない図書室に辿り着いた。
中に居るのかと探してみるが、見つからない。
何故、僕を避けるのだ。
……いや、簡単だ。先に彼女を避け始めたのは私だ。
アメリーという頭が空っぽの女にうつつを抜かしたのが悪かった。
「アンゼルマ、すまない…」
苦手な相手であっても蔑ろにするのは貴族にあるまじき行為だ。そうでなくとも男として最低だ。
彼女は僕の言いつけを守ってくれる優しさがあったのに僕は…。
「貴方が謝るなど珍しいですね」
後ろから聞こえてきた凛とした声。
幼少期よりずっと聞いてきた声だった。
「アンゼルマ…」
「ちょっとは反省しましたか?」
「……すまない」
仕方ないと言った表情で僕の隣に座るアンゼルマ。
こんなに近くで彼女を見たのはいつぶりだろう。
「フォルカー様」
「殴ってくれても構わない」
「私は別に怒ってなどいません。それに暴力は苦手です」
「…すまない」
怒っていないと言われても謝ってしまう。
アンゼルマを前にすると駄目だな。
いつも威厳があるように接していたはずなのに。
「すっかり出会った頃に戻りましたね」
「…僕も同じことを考えていた」
「あの頃の貴方は可愛かったですね」
「やめてくれ…」
アンゼルマと出会った頃の僕は弱虫だった。
彼女が僕を立派な貴族に変えようとしてくれていたのに…。
僕はいつからそのことを忘れていた?
「全く、それでは私が貴方を変えた意味がありませんよ」
「なら、また変えてくれ」
情けなく彼女の腕を掴んだ。
細いな。
この細い腕で彼女は僕の背中を押してくれていたのか。
「嫌ですよ。他の女の子に触れた手で触れないでください」
パッと振り払われてしまう。
嫌だ。ダメだ。逃げないでくれ、アンゼルマ。アン。
僕には君が必要なんだ!
「アン…」
気が付いたら彼女を抱き締めていた。
昔呼んでいたように愛称を呼ぶ。
「触れないで、と言いました」
「嫌だ…」
逃げようとする彼女をそっと包み込む。
宝物を抱き締めるように優しく抱き締めた。
「あ、フォルカー!」
せっかくの雰囲気をぶち壊されてしまった。
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