後編

噴水に着くと立っていたのはアリーナだけだった。

さっきの男はどこだ…!


「あら、テオフィル様」


話しかけていたのは私が会いたくて堪らなかったアリーナだった。

その声に安心する。

私に笑ってくれている姿に先程の怒りが収まる。


「アリーナ…」

「随分とやつれましたね」


そう言ってハンカチで汗を拭ってくれた。

ありがとう、と笑えば驚いた顔をするアリーナ。私からお礼を言われると思ってなかったのだろう。しかし、今からもっと驚かせるぞ。


「すまなかった!」


頭を下げた。自分から頭を下げたのは初めてだ。その相手がアリーナで良かった。


「まぁ、何に対しての謝罪ですの?」

「今まで君に対してしてきた私の行いだ!」

「どうして急に?」

「それは……君がいなくなると思ったからだ」


アリーナが私の傍からいなくなる。

そう考えただけで苦しくなった。悲しくなった。こんなにも辛くなったのは生まれて初めての経験だった。


「私がいなくなる?」

「あぁ、そうだ。私に愛想を尽かして他の男と結婚をしようとしたのだろう?頼むからやめてくれ!」


情けなくても良い。

アリーナが私のところに残ってくれるのならそれで良い。


「ふふ、貴方って本当に馬鹿ね」


下げた頭を撫でられた。

馬鹿?

それは私が勘違いをしているということで良いのだろうか?


「しかし、私は君が他の奴を慕っていると聞いたのだが……さっきも知らない男と居たじゃないか」

「あれは私がでっち上げた嘘の噂よ。貴方の側で噂を話させたのも私。さっき一緒にいたのは生徒会の役員よ」

「そ、そうか…。それにしてもどうして嘘の噂を流したんだ!」

「いくら事実でないことでも婚約者が他の方に懸想しているという噂が気持ち良いものでないことが分かったでしょう?」


小さく「あ…」と声が漏れた。

私もアメリーとの噂があった。アリーナはそれを不愉快に感じていたのか…。


「これに懲りたら他の方を見ないことね」

「あぁ、約束する」

「なら、許してあげる。だからハッキリと言ってあげなさい」


アリーナに促されて後ろを振り向けばアメリーが立っていた。何故ここにいる。今はアリーナと話しているのに。


「どういうことよ!」

「何の話だ。邪魔だ」

「邪魔なのはそっちの悪役令嬢でしょ!」


アメリーが指を向けた方にはアリーナが居た。

アリーナが悪役令嬢?

何を訳のわからないことを言っているのだ。

彼女は私の大切な婚約者だ。


「私はヒロインなの!貴方に愛される人間よ!」

「あら、そうなの?」

「そんな訳ないだろう…。これを好きになるほど私が落ちぶれていると思っているのか?」

「私が聞いた噂だと入れ込んでいたようだけど」


違うの?と笑顔で聞かれる。

確かに彼女と過ごした時間は少なくはない。だが、好きになるようなことはない。


「ちょっと!なに無視してるのよ!」

「うるさい」

「何が!私は貴方と結婚するのでしょう!」

「黙れ」


私に対して煩い態度を取って良いのはアリーナだけだ。

こんな奴の傍が心地良いと思っていたとは…。


「私が愛するのも結婚するのもアリーナだけだ。お前を好きになったことはない」


ハッキリ言ってやったぞ、とアリーナを見れば楽しそうに笑っていた。


「ふざけないでよ!その悪役令嬢はあんたが断罪するのよ!国外追放にするの!」

「ふざけているのはそっちだ。私は絶対にアリーナを手放さない。それ以上騒ぐとお前を国外追放にするぞ」


それでも騒ぎ散らすアメリー。

煩い奴のせいで話が出来ないではないか。

いつの間にか集まっていた生徒に言う。


「その女を連れて行け」


連れて行かれるアメリーに背を向けた。


「なんで!どうして!私はヒロインなのよ!」


離れるまでの間、ずっとあの女はそう騒いでいた。


「良かったの?」

「私は君が好きなんだ。気がつくのに遅くなってしまったが…許してくれるか?」


頰に手を当てて考えるような仕草をする。

早く、早く答えてくれ。


「そんなに焦った顔をしなくても許すわ」


自分の頬を撫でていた手が今度は私の頬を撫でた。

俯きかけていた私の顔をグッと持ち上げると軽く頰にキスをされる。


「私は貴方を気に入っているのだから」


にこりと笑う彼女。


「それは私に恋をしているということか?」

「恋かと聞かれると困るのですが…」

「そんな…」


彼女も私と同じであって欲しかったのに。


「残念そうな顔ね」

「当たり前だろ」

「今までの私に対しての態度で好かれると思っていたの?」


うっ、と言葉を詰まらせる。

確かに彼女を邪険にしていた気がするが…。


「そもそも好きにさせるとか思わないの?」

「好きに、させる…?」


私がアリーナを惚れさせる、ということか?


「自信ないのですか?」

「あ、あるに決まってるだろ!」

「では、決まり」


パチンと手を叩くアリーナ。

勝手に決められてしまった。が、彼女に決められるというなら悪くない。


「言っておくけど駄目出しはしていくつもりだからね」


意地悪な微笑みを浮かべる彼女。

一生叶う気がしないのは私の気のせいだろうか。


「可愛いテオ、頑張ってね」


気のせいであって欲しいな。


~ fin ~

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