1−9 「あいつら」

「なるほどね……」


 アペレフト鎮魂士団本部、団長執務室。外が暗闇に覆われる中、団長の机の周りを全幹部が取り囲んでいた。


「まさかアントンが」


 2日前の緊急召集に続き、再び集められた幹部たちの前で、テレーズは自席に腰を落としたまま机に肘をつき、突然現れたもう一つの新しい問題に頭を悩ませていた。


「ほんとだとしたらマジやばいね」


 幹部たちが衝撃の事実に驚愕している中、いつもより真剣そうな態度のマルセナがまず最初に口を開いた。


「ええ、迅速に、かつ適切に処理しないとこの街はすぐに落とされるでしょうね」


「そうだよ! どーするのだんちょー!?」


 ローマンの落ち着いた冷静な回答に、レオニーも焦りを見せる。テレーズはただ何も言葉を発せず、机と睨めっこを続ける時間がただ流れていった。


 あれだけ信頼していた執事アントンがイストラク王国のスパイだったこと。そして3日後に隣国による大連合軍がこの町に攻めてくること。


 ただでさえ今は、敵が自国内に陣取っていることで頭がいっぱいなのに。新しく伝えられた情報によって、絡まっていた糸にさらに2本の糸が入り乱れ難解な問題をもっと複雑化させられた。


 この情報が正しければ、奴らはこの町に総力を上げて総攻撃を仕掛けてくる。炎に包まれ、人々が血を流して倒れ込んだ街に、奴らはズカズカと笑いながら踏み入ってくるのだろう。


「てか坊主、」


 団長が黙りこくっている横で、ポルドがユーリに尋ねる。


「その情報は確かなんだろうな。信用してねえわけでもねえが、作り話ではないんだな?」


 ポルドの、疑いが混じった目がユーリの顔をちくりと刺す。


「はい、俺が見聞きしたことを増減なしに話しました」


「念のためだけど、ナーシャ、今出てこれる?」


 しばらく考え込んでいたテレーズが口を開き、少年の脳内にいる親友に声をかける。


「はい、できます」


 ユーリは自信を持って答えた。


「<変身メタモルフォシス>」


 ユーリの体が一瞬白いベールに包まれ、変形し、やがて武装したナーシャが姿を現した。


「どうナーシャ? ユーリくんの言うことに偽りはない?」


「ええ、間違いありません。私が保証します」


「そう、か……」


 返信して現れた親友の証言が得られたところで、テレーズは再び頭を抱えた。


「なあ姉ちゃん、」


 ポルドの呼ぶ声で、テレーズは頭を上げて片腕の幹部の方を見る。


「アントンをどうする。あいつがスパイだとわかった以上、この団内をうろちょろさせるわけにもいかんだろ」


 ポルドの意見に、数人の幹部も頷く素振りを見せた。


「今すぐにでも逮捕することはできないのでしょうか」


「そしたらパーってつかまえないとたいへんだね!」


「待って」


 ローマンの提案にレオニーがいつものテンションで付け加えた直後、テレーズが突然のストップ信号を出す。


「すぐにどうにかしないと危ないのはわかってる。でももしかしたら、アントンから有力な情報を得られるかもしれない」


「団長、それってつまり、少し泳がせるということですか」


「もし情報を持ってるなら、だけど……」


 ここから新たな言葉を発せないまま、テレーズは再び黙り込んだ。


「あ、あの」


 そんな中、メルーズが小さく手を上げる。


「そのことについてなら、私にいいアイデアがあります」


「……どんなものでもいい。聞かせて」


 メルーズは淡々と自分の考えついた計画について話し始めた。テレーズも、藁にも縋りたい思いで少女の提案に耳を傾ける。話が進むにつれて、複数の幹部は大きく頷いて彼女のプランに賛同を見せた。


「リスクはあるかもしれないけど、今はそれしかないね。メルーズ、お願いできる?」


「はい、必ず成功させてみせます」


 メルーズは意気込んだトーンでそう言った後、口元に少しばかりの笑みを浮かべた。


「あとマルセナ、ちゃんと働いてもらうからね」


「わかった、楽しそうだから協力するね!」


 マルセナは右手でグーサインを作ってメルーズに返事した。


「残るは……」


 考えるべきことリストから一つ大きなお荷物が消えたところで、テレーズは視線を机の木目調に戻す。


「敵が攻めてくることにどう対処するか、だな」


 ポルドの言葉にテレーズは静かに頷いた。


「明らかに俺らだけじゃ対抗なんてできねえ。この団の人間だけで戦おうなんてなれば1時間も足らずに終わるだろうしな」


 これまでは、この鎮魂士団のメンバーだけでも十分に戦うことができた。しかしこの重要な局面では既に、自分たちの力だけ戦った後には燃え上がる首都を目撃する運命にあることは、誰の目からしても明らかだった。


 他の助けを探すという手もあるが、それではこれまで自分たちだけで戦ってきたこの鎮魂士団の威厳にも関わってきてしまう。


「テレーズ」


 そんな中、机の横で会議を眺めていたナーシャが親友を呼ぶ。


「私から提案なのですが」


「うん。言ってみて」


「その…… テレーズは嫌がるかもしれませんが、あの方達に協力を依頼するのはどうでしょう」


 テレーズはその提案を聞いた瞬間、親友であるにも関わらず返事をすることもなく悩みにふけ始めた。団長執務室に居心地の悪い空気が漂い始める。


「嬢ちゃん、ほんとにあいつらか?」


「はい。こんな状況では仕方ありません」


「えぇ……」


 テレーズは思わず消極的なため息を吐いた。他の幹部たちも、腕組みをしたりと深く考え込んでしまっている。


「…… ナーシャさんのいうとーりだとおもうよ」


 後ろめたい空気が部屋中を覆っていた中、レオニーが中々真剣にナーシャに賛同した。


「それしかないとおもう。わたしたちのプライドなんでどーでもいいから! このまちをたすけられるならやるべきだよ!」


「レオニー……」


 隣で聞いていたローマンも、これほど真面目なレオニーはただものではないと認識した。


「やりましょう、団長。ここは助け合ってでも救うべき局面です」


 ローマンもレオニーに触発されて賛成の立場に回った。


「そうだね」


 テレーズは内心では埋めいていた、提案を否定したい気持ちをどうにか理性で押さえ込み、決断を下した。


「エレフセリアのためにも、協力を頼もう」


 ここで全員が消極的な気持ちを跳ね除け、テレーズの決断に頷いた。

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