1−7 アペレフト鎮魂士団
「なんだ、緊急って」
団長執務室のソファに深く腰掛けたポルドが、なぜか召集された他4人の幹部に不思議そうに尋ねた。
「そうですね。でもこんな状況での緊急会議は珍しくはないでしょう」
ポルドの対角線上に座った若い男が答えた。
「イストラク王国とダルサンガ王国の連合軍がこのエレフセリアに攻めようとしている危機的状況です。いつ敵が侵攻してきてもおかしくありませんよ」
「そーだよ! このままじゃレオニーたちオダブツだよ! ね、ローマン!」
ローマンの隣に座っている、小さな体のレオニーがローマンにベッタリと体をくっつけるようにして同意を求める。しかし当の彼はまるでレオニーがいないかのように黙りこくったまま動かない。
「ねー、聞いてるのー?」
彼女はぷくっと頬を膨らませてローマンの頬をつねった。
「そんなのパパーッとやっつけちゃえばいいんだよ、パパーッと。幹部ならできるっしょそんくらい!」
「死んでもいいなら一人で行ってきな、マルセナ」
やけに陽気そうで楽観的な幹部マルセナに、ポルドの隣に座っている、口元を隠した少女が現実的なツッコミでからかった。
「え、死ぬの!? やだぁ! メルーズは? 来ないの? ねえ!」
「死んでも行かない」
「そんなぁー」
「マルセナ一人で飛び出しちゃっても私はお葬式行かないからね」
「ひどいよメルーズちゃぁん」
マルセナは対をなすソファに挟まれたセンターテーブル越しにメルーズの体にすがりつこうとするが、メルーズの体はスッとマルセナの伸びる手から逃れるように移動する。マルセナの前に出した体がセンターテーブルに乗っかり、そのままいじけたようにしばらくの間体重を預けた。
「みんな、お待たせ」
団長執務室の扉が開けられたと同時に、久しぶりに清々しそうな表情を見せたテレーズが入室する。その後ろには、幹部でもなんでもない、しかもいかにも下級らしい、か弱そうな少年がついてきていた。
「この坊主……」
ポルドが呟いたが、それ以上の言葉は出さなかった。
「緊急で集まってくれてありがとう。今集まってもらったのは、みんなに会わせておきたい人がいるからなんだけど」
自分のテーブルの前に立つや否や、開口一番にテレーズが挨拶する。
「なあ姉ちゃん」
テレーズの言葉が終わった直後に、ポルドが遮るように疑問を団長にぶつけた。
「開始早々失礼なんだがこの坊主、昨日の居酒屋の野郎の連れだろ?」
「あ! レオニー聞いたよその話! 昨日『メリッサの手綱』で、下級の子がポルドに殴りかかったんでしょ?」
「そ、それに関しては本当に申し訳ございませんでしたっ!」
閉口したまま団長席の隣に立ってたユーリが即座に謝罪する。生まれつきの細い目を向けるポルドは、ユーリからすれば昨日の酒場、『メリッサの手綱』で見たポルドよりも断然威圧的で、今にも怪力の片腕を振り上げてなぶり殺してくるのではないかと彼は内心怯えていた。
「まあ、謝罪は後で本人にやってもらうとする。お前は悪くねえよ、坊主」
ポルドがかけた言葉で、ユーリはやっと頭を上げて胸を撫で下ろした。
「それにしても、だ」
ポルドがテレーズに向き直る。
「姉ちゃん、なんでこの坊主がいるんだ」
「集まってもらったのは、言うまでもなくこのユーリくんについてだから」
テレーズの左手がユーリに向けられ、幹部に彼を紹介する。
「へえ、ユーリくんっていうんだ! 私マルセナ。 よろしくねー!」
「よ、よろしく、お願いします……」
客の名前を聞いた途端マルセナが身を乗り出して勝手な自己紹介を始めた。あまりにも攻めた自己紹介に、ユーリは若干引きながらも返事する。
「ほらマルセナ」
メルーズの一言で、突然床から鎖についた刃が一本突き出し、マルセナの腕の肌を刺すか刺さないかスレスレの位置で止まった。
「ユーリくんが引いてる」
思いのほか強い牽制攻撃に、マルセナは残念そうな顔をしながらもやむなく手を引く。メルーズの魔術によって出されたこの刃を見て、ユーリはしばらく、カタルシストの上部に君臨する幹部の力に見入っていた。
「じゃあユーリくん、残りをお願い」
テレーズはここで発言権を、心臓がはち切れそうなユーリに託した。
「は、はいっ!」
ユーリは緊張をどうにか抑えようと一度深呼吸する。
「ゆ、ユーリ・ヴァーレントと、申します……」
語尾のボリュームが段々と小さくなっていきながら、ユーリはなんとか唇を動かして幹部に伝わるような言葉を発した。しかし怖そうな幹部の視線がユーリの顔の筋肉を少しずつ刺激して強張らせる。
「ほら」
ふと肩に感じた少しばかりの温かさが、身体中の緊張を拭ってくれたかのような感覚にユーリは襲われた。振り向けば、テレーズがエールを送るようにこちらに優しげな視線を送り、左手をそっとユーリの肩に乗せている。もう、ここまで来たからにはやるしかない。
「みなさんは信じられないかもしれませんが」
これまでよりも大きな声が飛び出る。
「僕の体の中にはある人の魂が宿っているんです」
「魂?」
ユーリの妄想のような宣言に、ポルドは思わず疑いの目を向ける。心臓の鼓動が大きく耳の中で弾むのを感じながら、ユーリは勇気を持って言い放った。
「<
ーー よくやってくれました、ユーリ!
体の中に引っ込むユーリの耳に、そんな言葉が聞こえたような気がした。
団長執務室の中で輝きはじめた光。幹部たちは唐突の事態に思わず身を構える。ポルドはソファから身を乗り出し、メルーズは目より下をソファの陰に潜め、レオニーは細い目をして状況を見守るローマンに縋り付く。マルセナは興味津々そうに目を輝かせながら、下級の少年が光を放つ様子を見守っていた。
やがて光が収まったとき、ユーリ少年が立っていた場所にいる一人の少女、しかも見覚えのある人影に、幹部全員が驚きを隠さずにはいられなかった。
「嬢ちゃん……!!」
ポルドは3年越しに見た懐かしい姿に釘づけになった。
「ナーシャ、さん……?」
メルーズは隠していた体を出し、ナーシャを見て涙を浮かべる。
「えぇ、すごい!」
これをただのマジックショーだとでも思っているのか、マルセナはさらに興味が湧いたような反応を見せた。
「アナスタシアさん!?」
不動だったローマンは思わず目を見開き、現れたナーシャの姿から目を離すことができなかった。
「わぁおー!!」
レオニーは突然現れた前団長を見て感嘆の声を上げ、目が輝いた。
テレーズはこの変身後の姿を見て泣くことはなかったが、再びこうして親友が目の前に現れてくれたことに対する感謝がまた込み上げてくるのを感じた。
「ねえ、これってさ」
マルセナが不思議そうに質問する。
「ニセモノなんかじゃないよね?」
「ありえねえ、嬢ちゃんに化けただけのタヌキじゃねえのかコイツ!」
ナーシャの出現を信じようとしないポルドは、腕から普段は仕舞っている鋭そうな刃を発現させ、ナーシャに向ける。
「ポルド、待って!」
かつての仲間に向かって敵意を剥き出しにするポルドを、テレーズが制止する。
「みんな信じられないかもしれないけど、このナーシャが本物のナーシャだってことは私が身をもって保証する」
そうテレーズは幹部に一生懸命に訴えた。
「質問! ドッキリとかでもないんだよね?」
「うん。本物じゃなかったら、これまでナーシャのそばに一番長くいた私がすでに気づいてる」
レオニーの疑問に、テレーズは自信満々に答えた。
「……姉ちゃんがそこまで言うなら、仕方ねえか」
ポルドはあまり納得していない様子ではあったものの、腕から出ていた刃を引っ込めた。
「それでなんだけど」
テレーズが改まって本題に入った。
「私はナーシャを特例で鎮魂士団に入れてあげたい」
幹部は黙ったまま、テレーズの話に聞き入る。
「普通なら簡単にこのアペレフト鎮魂士団には入れない。ある程度カタルシストとして成績を上げる必要もある。実際ユーリくんはまだデビューしたばかりだし、もっともっと力もつけてもらわなきゃいけない。でも、今のこのグループにはどうしてもナーシャが必要だと思うんだ」
「あの、団長、質問なのですが、」
ローマンが口を開いた。
「その、ユーリくんでしたか、はずっとアナスタシアさんの姿でいることはできないのでしょうか」
「たしかに! どーすんのだんちょー?」
レオニーも共鳴して団長に質問を投げかけた。
「ナーシャの姿でずっと歩き回るのは危険だと思う。これが周囲の国に知れたら今以上の大軍がここに攻めてくるかもしれない。イストラクとダルサンガだけじゃない。この大陸全ての国からね。だから、ナーシャが戻ってきたっていう事実は極力隠しておきたい。そこはナーシャも同じこと思ってるって言ってた」
テレーズは流れるように言葉を紡ぎ出す。
「あと、ユーリくんにはユーリくんの生活がある。昨日酔っ払ってた子は、ユーリくんの中にナーシャがいることを知らない。だから、彼の日常は守ってあげたい。私が勝手に思うことではあるけど、どうかこのことは理解してほしい」
「私も質問! もし特例入団になったら、団長は変わるの?」
「マルセナ、話聞かなさすぎ」
マルセナのとぼけた質問に、メルーズがツッコミを入れる。
「いいえ、私は脇役として参加するだけに留めます」
今度はナーシャが初めて言葉を口にした。
「私は団長時代、感謝してもしきれないほどテレーズに助けられました。今度は私が、団長になったテレーズを助けてあげたいのです」
「うおぉしゃべったー!!」
レオニーがローマンの腕を激しく揺さぶりながら、第一に発せられた言葉に興奮した。
「というワケなんだけど」
テレーズの目つきが一気に真剣なものに戻った。
「特例入団についてみんなどう思うか聞かせてほしい」
「…… 文句なんかねえな」
最初に開口したのは、一番ナーシャに近い位置に座っていたポルドだった。
「嬢ちゃんが戻ってきて、元の幹部に戻れたらまた楽しいだろうしな。負けてらんねえ」
「ナーシャさんが帰ってきてくれたなら、どんな役であろうと私は賛成です」
「私も賛成!」
「レオニーもー!!」
メルーズ、マルセナ、レオニーもポルドの賛同に続いた。
「俺も賛成です」
静かだったローマンも、口に笑みを浮かべて賛成する。
「アナスタシアさんの努力を、決して自分たちで壊すわけにもいきませんから」
「あ! ローマンうれしいんだー?」
いつとなく生き生きとしていたローマンの表情を見て、レオニーが頬に指を何度も突き刺してちょっかいを出した。
「よし、じゃあ決まり!」
テレーズの喜びの感情がつい漏れたような声が団長執務室に響く。
「おかえり、ナーシャ! そしてユーリくんも」
テレーズとナーシャは、お互い目を見つめ合うと、自然と顔の緊張が解けて笑顔が漏れ出した。そしてナーシャが幹部の方に視線を戻す。
「みなさん、ただいま戻りました!」
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