第六話 〜死の恐怖〜

「ケラケラケラケラ」


と不気味な目覚ましが鳴り響く音で目が覚めた

いつも通りの朝である


昨日の事は覚えているが、習慣化した朝の流れに逆らうことが出来ずに、太陽そらは支度を終えるとテキパキと掃除をし始めた

ただ今日は何となく、いつもよりも丁寧に自分の部屋を掃除していた


自分の部屋を終えると、父の書斎だった和室へと向かう

最後の日になるからだろうか、やはりその部屋も丁寧に掃除をしている




そうしていつも通り掃除を終えると、朝風呂に入り汗を流した

汗を流し終えて居間に向かうと

起きてきた桜咲さんが朝食を用意していた


「桜咲さんいつもありがとう」


といつものように言うが、やはり返事はない

それでも太陽そらはいつにも無く、気持ちを込めて伝えている

それから少しして桜咲さんが、朝ご飯の準備を終えたので


「いただきます」


と二人そろって言ってから食べ始めた

やっぱり二人で食事する時間は、なんとなく新鮮でとても落ち着くようだ

いつものようにご飯を食べ終えるとそれぞれに


「ご馳走さま」


と挨拶をしてから食器を自分達で洗う

そのタイミングで〝そうだ〟と思いつくように桜咲さんに


「今日少し出かけてきます」


と伝える

まだ食事中だった桜咲さんは少し驚いた表情の後〝了解〟と言うように一瞬穏やかの顔を見せ、また食事を始めた




太陽そらは皿を洗い終え自分の部屋に戻ると、机の中にしまった遺書を部屋の真ん中に置いてあるテーブルに置いた

それから昨日使っていた山登りの支度を、少し整理して〝いよいよ死にに行く準備〟を完了した


準備を終えて玄関で


「行ってきます」


と〝これで最後〟の挨拶を終えてから、乱狂山らんきょうざんへと向かった

やはり昨日と同じく、思っていた以上に早く山には着いた


山の麓まで来ると、昨日と同じように山の中に入る

やはりそこには一本の山道やまみちが続いていた

そこをただひたすらに登っていると、やはり昨日と同じように道が開けていく


もうそれにすら驚かなくなったが、不思議な事には変わりない

それからしばらくして昨日きた〝あの場所〟へとたどり着いた


「やっと着いたー

やっぱり山登りは疲れるな〜」


そう溢しながら岩の近くに荷物を置き一息つく

その瞬間とても心地の良い風が吹き抜けた

それを感じながら、あれだけ不思議で危険な山で恐れられている割には、この場所は不気味な程〝とても空気が澄んでいて美しい〟と太陽そらには感じた




そんな場所のせいか穏やかな気持ちになって、しばらくはそこから動けずに休憩している

ただ、このままズルズルと休んでいると、なんとなくダメな気がしたようで


「よし」


と頬を両手で叩きながら気合いを入れ直す

そうして、やっと死ぬ為に重い腰を上げた

それから太陽そらは立ち上がるとまず始めに深く深呼吸をして、気持ちを整理する


「い、いよいよ、この崖から、、、

飛び、、降りる」


そう言い聞かせるように呟くと、崖のすぐ目の前まで行き足を揃えて立った

崖の下は底が見えない分、まるで吸い込まれそうになる

そんな崖の底を見ながら唾を飲み込む


「い、いよいよ、、、だな」


そう呟き飛び降りようと足を動かした

しかし数センチ動かした所でそれ以降、次の一歩が踏み出せ無くなった


昨日遺書を書き終えた時は、なんの未練も無くすぐにでも死ねそうな勢いだったのに、、、

いざ崖の前に立つと足が竦みなかなか、その一歩が踏み出せなかった…




しばらく崖の前にいたが、その崖を見つめ続ける間に〝死ぬのが怖く〟なっていた

それ以降足はピクリとも動かなくなった


これでは死ね無い事を分かっていた太陽そらは今一度〝自殺する覚悟〟を決める為、ひとまず荷物を置いた岩の前に戻る事にした


「なんでだ、あれだけ死ぬ覚悟は出来ていたのに、ここに来て、死が怖いとでも言うのか

生きていても地獄のこの世界に、まだ未練があるとでも…」


そう死ねない自分を責めるように溢した言葉は、自分の思いとは裏腹にとても震えていた

気づけば声だけでは無く全身が〝死への恐怖〟で無意識のうちに震えていた


〝死が怖い〟


その人に備わった当たり前の本能は、例え死を決断した太陽そらにも消せなかったのだ


〝自殺〟の二文字は言葉にして出すのは簡単だけど、いざ自分がそれを実行するとなると、なかなかに勇気がいるものらしい


「あれだけ覚悟してたのにな…」


そう呟く太陽そらは膝を抱えてうずくまりながら、自分の覚悟が〝この程度のもの〟だった事が、言葉で言い表せない気持ちへと変わっていた




この時、完全に〝死ぬ事への恐怖〟が心の全てを支配した太陽そらにとって〝自殺〟は無謀とも言えるほど、簡単に出来るものでは無くなっていた


しばらく言葉で言い表せない気持ちを落ち着かせていたが、再び〝死ぬ覚悟〟を決めて崖の前に立った


しかし〝本能〟と一度覚えた言葉にできない〝不安〟〝恐怖〟〝絶望〟と言った感情が完全に〝それ〟を拒否していた


案の定、崖のすぐ目の前で足が竦み、一切そこから動けなくなってしまった

恐怖で震えながら前に進もうとするが、それとは裏腹に体は本能のままに、正直に後ろへと倒れ込むように座り込んだ


「やっ、やっぱり、、、僕には死ぬなんて無理だ」


そう強く吐き捨ててしまった言葉が太陽そらにとって、自分の言葉にできない〝不安〟や〝恐怖〟により一層力を持たせてしまったのだった

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