最終章19話『ジークリット・ウェンディス-1』


 前書き

 今回の話はウェンディスの回想であり、ウェンディス視点です。


★ ★ ★



 ああ、愛おしい。




 果てがないほど……好き。





 狂おしいほど好き……愛しています、兄さま。





 そう自覚してのはいつの頃だったか……そんな事も覚えていません。理由も何もないのです。ただ、物心つくころには私は兄さまを想っていました。


 何度も兄さまを想って自分を慰めました。

 何度も兄さまに想いを告げました。

 いつでも……どんな時でも兄さまの事を考えていました。





 ………………なぜ?




 なまじ頭がきれる私はそんな疑問を抱いてしまう。

 最初はそんな疑問を抱いたことすらも忘れていつもの日常に戻っていったのですが、ふとした瞬間にやはりその疑問は再び私の中から芽生えてきます。



 おかしい。おかしい。おかしい。




 なぜあれほど疑問だった兄さまの愛に対する事柄を私はすんなりと忘れてしまっていたのでしょうか? それに気を抜くと今、この瞬間にも忘れてしまいそうです。忘れていつもの日常に戻ってしまいそうです。



 なので、私は強くそのことだけを考えてみる事にしました。『なぜ、私は兄さまが好きなのか?』それだけを考えてみました。



 答えを求めていたという訳ではありません。というより、そんな余裕などありませんでした。そういう疑問を持ち続ける事。その事だけを考えているにも関わらず、すぐに疑問を抱いていた事すら忘れてしまいそうになるのです。



 おかしい。おかしい。おかしい。



 歯車が狂っていく。普通だと思っていた日常が崩れていく。

 私がそうした疑問を抱いていると、なぜ今まで不思議に思わなかったのかという物が次から次へと出てきます。



 いつも同じ時間、同じセリフで狩りに出かける兄さま。

 いつも家の周りをぐるぐると回っている子供。

 いつも同じ道を行き来する女性。



 いつも……そう、いつもいつもいつもいつもいつも。どんな時、どんな日にでもです。まるで出来の悪い絵本です。同じことしかしない。出来ない人たち。恐ろしいのは、つい先日まで私がそれをおかしい事だと認識できていなかったことです。



 いえ、それよりも恐ろしい事がもうひとつだけありました。

 

 あれは村の人たちの奇行に気づいてから数か月後の事でした。


 兄さまをなぜ愛しているのかという疑問。そして、村の人たちの奇行に疑問を抱いていたはずの私はその数か月の間、それらの事をおかしいと思えなくなっていたのです。


 私がなぜ兄さまを愛しているのか? その事を再度疑問に感じた時に初めておかしいと感じることができるのです。


「……頭の中を弄られているみたいです……」



 怖かった。

 誰なのかは分かりませんが、誰かが私の頭の中を弄りまわしているのかと思うととても恐ろしかったです。


 だって……ですよ?


 誰かが私の頭の中を弄っているのだとしたら……私の兄さまへの想いもその誰かが私に植え付けたものなのかもしれないんです。この狂おしいまでの激情が……私の全てを埋めていると言っても過言ではない物が全て偽物なのかもしれないんです。



 そう思うと何も信じられなかった。自分自身も信じられません。誰も信じられません。


 私は知識を求めました。家にある本。村の人たちの家にある本。それらを正気である内に読み進めていきました。中には魔導書と呼ばれる物もありました。


 正気……いえ、もしかしたら狂気だったのかもしれません。それでも私には狂っているその間にしか自由な行動が出来ないのです。


 なぜなら、やはり気が緩むと村の人たちの奇行などに疑問を抱けなくなってしまうからです。そして、私自身も同じ行動を取るだけの機械となってしまうのです。疑問を感じている間――その間にしか私は自由な行動が取れません。



 そうして私はこの狂った世界にさえ疑問を抱くようになります。魔王が邪悪な存在という事は最初から私の頭の中に知識としてありました。しかし、その知識はどこから来たのか? まったく覚えがありません。そしてそれだけではありません。


 魔王が邪悪な存在。そう描かれている本が何冊もありました。しかし、具体的に魔王が何をしたのか? その事について描かれている本が一冊も存在しなかったのです。おかしな話です。邪悪な魔王と言うのでしたら、何か悪事を働いているはずなのにその出来事がどこにも載っていません。


 この村だけがおかしい訳ではなく、世界そのものがおかしい……それでしたら私は何に救いを求めたらよいのでしょう?

 そう絶望しかけた私ですが、一つだけ……可能性を見出しました。


 そうです。『この』世界がおかしいんです。つまり、別の世界の人であれば、私を……私たちを救ってくれるかもしれません。

 別の世界があるというのはやはり私の知識の中にありました。お城でお姫様が異世界から魔王を倒すための勇者を召喚するみたいです。その日が近いという事もなぜか私は知っています。しかし、その部分はどうでもいいです。重要なのは『異世界から』召喚するという事です。

 つまり、異世界というものは存在する可能性があるという事です。そして、異世界の人であればこの狂った世界を正常に戻すことができるかもしれません。



 召喚の方法なんて分かりませんでしたが、私はお姫様が勇者召喚の際に使用するという魔法陣を本で見つけたので、それを描いてみました。

 細かいところまでは本では読み取れなかったので、細部は異なるかもしれませんが魔法陣は完成しました。きちんと機能するのかなんて分かりません。



「お願いしますっ! 私を……私たちを助けてください!!」



 神にもすがるような気持ちで私は魔方陣へと魔力を注ぎます。そして結果は……、




「なにも……おきない」




 そう、何もおきませんでした。魔法陣は一瞬淡い光を放っただけで、その場にそれ以上の変化はなにもありませんでした。




「う……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 私は狂ったかのように自分が描いた魔法陣へと飛びつきました。

 まだです。まだ終わりなんかじゃありません。終わりになんかしたくありません!


 助けて……私たちを……私をこの狂った世界から解放してください!


 確かめたいんです! 知りたいんです! この胸に宿る激情が……兄さまを想うこの気持ちが本物なのか、それとも偽物なのか確かめたいんです! いえ、確かめずにはいられないんです! 偽物だなんて思いたくない、信じたくない! でも、そんな恐怖を感じながら生き続けるだなんて無理で……恐ろしくて……だから確かめたい。確かめずにはいられないんです! だから……だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから…… 



 持てる知識の全てを使って魔法陣の改良、そして魔力を注ぐという行為を繰り返します。何度も……何度も……それだけを繰り返します。

 そして………………………………魔力が尽きました。



「あ」



 脱力。精神的にも……体力的にも限界でした。もう目も開けていられません。


『何も起きなかった』


 もう何も考えたくありませんでした。

 何も考えなければ、また同じことだけを繰り返す人形のような存在に私はなってしまう。

 それが分かっていても、これ以上苦しみたくありませんでした。


 そうして、私は気を失うかのように眠りにつきました。


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