最終章13話『広河 子音-終』
前書き
今回の話は広河子音の回想であり、広河さん視点です。
その為、出てくるのは基本的に広河さんのみであり、その他は基本登場しません。
★ ★ ★
その後、洒水君は見事この世界の設定に振り回され苦悩していた。
いい気味だ。
ただ、それで終わるかと言えばそうじゃなかった。
彼に触れあった村人達がみんな設定に無い動きを取り始めたんだ。
例えば村人は魔王を恐れるものだ。ボクがそう設定した。
実際、今まで魔王カヤがどう動いても村人とはまともな会話にならなかった。
それが今回はどうだろう?
洒水君が間に入るだけで村人の恐怖はすぐに消えてしまう。
まるでそんな設定なんて最初からなかったかのようにだ。
これはおそらくバグを含んだ彼に触れる、もしくは話すなどすることによってバグが伝染しているのだとボクは考えた。
ボクがこの世界の住人に与えた設定の中には『勇者に接触した場合は決まったセリフ・行動を取る事』と加えたが、彼のクラスは『村人と勇者(微)』。
純粋な勇者ではなく、さらに村人としての特性も持っている。
そんな彼に対して村人たちはオリジナルの行動を強いられているんだろう。
そうして自分の意思をしっかり持つに至る。
正直に言おう。僕は腹立たしかった。
ボクが思考を幾重にも重ね、創造した世界。
それを洒水君は奪おうとしているんだ。いつの日にか見た彼のまま。曲がらず、折れず、真っすぐに彼のまま――ボクからさらに奪おうとしているんだ。
――――――憎い――――――
これ以上ボクから何を奪う気だろう? もう十分じゃないか。君は苦労なんてしていないでしょ? どうしてボクを助けてくれなかっただけじゃなく、ボクから奪おうとするの? ボクを見捨てたくせに。お母さんを見捨てたくせに。ボクが困っているのを気づきもしなかったくせに。お母さんを殺したくせに。勇者のくせにボクを見捨てた……正義だ悪だと言って騒ぐだけ騒いで本当に困っていたボクを助けてくれなかったくせに。
見捨てたくせに見捨てたくせに見捨てたくせに見捨てたくせに見捨てたくせに見捨てたくせに見捨てたくせに見捨てたくせにミステタクセニミステタクセニミステタクセニミステタクセニミステタクセニミステタクセニミステタクセニミステタクセニミステタクセニ――――――――――
どこにもぶつけられなかった憎しみの全てが洒水君――豊友洒水へと向かっているのを自覚する。でも、止められない。一瞬八つ当たりという単語が浮かんだが次の瞬間には消え去った。憎しみの奔流の前にはそんなもの考慮するに値しない!
しかし、遅れてそれと同等の想いがボクの中に生まれた。
それは彼とは顔を合わせたくないという想いだ。対面すれば過去の後悔を強く思い出してしまいそうだから。
少しだけ冷静にかえったボクは必死に怒りを押し隠し、どうにかしてこの世界のリセットをしなければと考えた。すでにこの世界に来てしまった豊友洒水をそのまま送り返すことは出来ない。しないのではなく、出来ない。不完全ながらも勇者としての役割を彼が持っている以上、彼をこの世界から旅立たせるには再配置の状態に戻らなければならない。つまり、魔王カヤが倒されて世界がリスタートされる状態になる瞬間。その時でなければボクの権限をもってしても彼を送り返すことは出来ない。
つまり、魔王カヤさえ殺害さえすれば不純物の居ないボクの世界が再び始まる。彼の影響を受けて自分の意志を持ち始めた村人たちもその瞬間であれば設定を弄ることができるだろう。そうすればすべてが元通りだ。
★ ★ ★
しかし、事態は悪くなる一方だった。
豊友洒水と魔王は争わないし、勇者も滅茶苦茶な方法で豊友洒水との出会いを果たすし、挙句の果てにはその二人は元々知り合いのようで争う気配もない。
仕方ないからボクは隠れている神父の中から行動を起こさざるを得ない。神父の設定を少し弄って魔王カヤを倒すようにお願いする。
しかし、それすらもうまく行かなかった。それどころか豊友洒水は神父の名前を暴いてボクを表舞台に引っ張り出した。
勇者がボクという裏ボスと戦うっていう展開も面白いと思って何周も前に入れていた設定が仇となった。
そうしてボクの想定から外れ続け――目の前に豊友洒水が現れ――彼は僕の名前を呼んだ。
耐えられなかった。
彼に今更、認知されることが耐えられなかった。
名前を呼ばれ、昔の事を嫌でも思い出してしまう事が耐えられなかった。
なにより……憎くて憎くてたまらないはずなのに……ボクという存在を認めてもらった事が嬉しかった。
そんなボク自身の心が信じられず、耐えられるはずもなかった――
★ ★ ★
思えばゲーム感覚で世界を――そこに住む人たちを弄んできたなぁ……その
まさか自分が創造した物に――いや、
いくら洒水君の影響を受けているとはいっても村人たちはボクが創造した者。いわゆるNPCみたいなものだと今まで考えていた。
だけど、ボクはどうやら間違っていたみたいだね。彼らはNPCなんかじゃなく……人間なんだ。ちゃんと一人一人が感情を持っているんだ。ボクをこんなふうにした彼女のように激しい憎悪だってちゃんと持てる。
ボクは自分の首に深々と突き刺さるペンを見て、そう思う。そしてボクを看取る勇者君を見る。どうやらボクを助けようとしているみたいだ。まったく……いつもそうだよねキミは。知らない誰かの為に正義だ悪だって叫びながら日々を生きている。
そんな
ボクが苦しんでいる傍らで日々を楽しそうに過ごす洒水君が憎かった。
ボクが悪感情に振り回されている間でも馬鹿みたいな事をしている洒水君が憎かった。
ボクの名前を呼んだ洒水君が憎かった。名前を呼ばれるとどうしてもお母さんの事を思い出すと同時に憎しみが湧き上がってくるから。憎かった……憎かった。
そして――勇者だっていうのに苦しんでいるボクやお母さんを助けてくれなかった洒水君が憎かった。
――ああ、そうか。ボクは……
ボクは――彼に助けて欲しかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます