最終章7話『広河 子音-3』


 前書き

 今回の話は広河子音の回想であり、広河さん視点です。

 その為、出てくるのは基本的に広河さんのみであり、その他は基本登場しません。


★ ★ ★


 それから一年の時が過ぎた。

 

「はぁ」



 ボクは誰も居ない家で一人、最近やり始めたゲームをプレイしていた。俗にいうRPGというやつだ。

 今では誰も注意なんてしないから気楽だ。





 そう――お父さんとお母さんはあの日、亡くなった。

 お父さんは急性アルコール中毒。お母さんは過労死。

 


 実感なんて湧かなかった。一気に二人亡くなってしまったんだ。周りが騒いでいる中、ボクだけが現実から切り離されてしまったんじゃないかとさえ思った。

 あれから色々な人がお家に来た。その中でお父さんとお母さんの親戚の人から二通の手紙を渡された。お父さんとお母さんからの手紙だ。


 お父さんの手紙はお母さんとボクに宛てた手紙。今まですまなかったと後悔の言葉ばかりが並べられていた。

 お母さんの手紙はお父さんとボクに宛てて。ボクにはお父さんが荒れても許してあげてと言う旨が書かれてあり、お父さんには先に逝きます。どうかボクの事を大切にしてあげて。お酒は出来れば控えるようにといった事が書かれていた。



 でも、ボクはお父さんを許したくなんて無かった。

 お母さんの死因は家庭内での過労によるもの。

 つまり、お父さんに酷いことをされ、常に気を張った状態で過ごしていたからだお母さんは死んだんだ。

 その元凶のお父さんが倒れたことで気が緩み、それで倒れてしまったんだと誰かが言っていた。


 お父さんとお母さんが死んだことで、ボクやお母さんが酷いことをされていたのが世間にばれた。ボクは未成年だという事で名前は隠されたけれど周囲に居る人たちの内。何人かにはばれてしまった。



「その……えっと、いままでごめんなさい」



 そう言ったのは小学校のころ、ボクを虐めてきた女子の一人だった。

 彼女はボクと同じ中学校に進んだ。放課後に呼び出されたかと思えば謝罪されたのだ。


 遅れて別の中学校に通っていた子たちもボクに謝罪するため、わざわざ足を運んできていた。事情は彼女たちの中で共有されているようだ。


 それから彼女たちには色々気を遣ってもらった。現実を受け入れられないボクを遊びに連れ出して、ボクを笑わせるためにみんな必死だったのが少しおかしくて――少しだけ救われた。

 ――救われてしまった。



「ああああああ! もう! もう! もぉぉぉぉぉ!!」


 ボクはプレイしていたゲームを蹴り飛ばす。当然、ゲーム画面はブツンと切れ、部屋には静寂が漂う。


 もう何度もプレイしたゲームだ。プレイしていても退屈なものは退屈だ。

 【退屈】それは空白の時間。


 ボクはこの空白の時間が嫌いだ。考えたくない事ばかり考えてしまう。

 お母さんがお父さんのせいで死んでしまった。でも、お父さんは悪くない。

 ボクが虐められてさえいなければあの日、ボクはお母さんと一緒に帰ってまだお母さんと一緒に居られたかもしれない。でも、ボクを虐めてきた子たちはみんな、反省してボクを元気づけてくれた。ボクは彼女たちに救われてしまった。


 ――なら、この胸の内で暴れる激情をどこにぶつけたらいいの?

 最近は考える時間が出来るとそんな事ばかり考えてしまう。いっそのこと誰かを思いっきり憎んでしまいたい。でも、憎めない。だって、誰も悪くないんだから。理性が激情の逃げ道を塞いでしまう。それでもボクの胸の中にある激情が消えるわけじゃない。

 結果、ボクは物にあたるしかなくなる。それでも根本的な解決にはならない。



「――この世界が完全な善悪で分かれていたらいいのにな」


 床にへたり込んで、ボクはそんな事を呟いていた。返事なんて期待していない。ただ、そうだったら悪を思いっきり恨めるのに……そんな事だけ思って。



「なら、そういう世界を作ってみる?」



 返事があった。

 でも、姿は無い。聞こえるのは声だけだ。気のせいかな?



「気のせいじゃないわよ。広河ひろかわ 子音しいんさん」



 再び聞こえる声。幻聴じゃない。ハッキリと聞こえる女の人の声だ。



「聞いてくれて助かるわ。さて、突然だけどあなたに二つの道を用意したわ。好きな方を選んでちょうだい。

 まず一つ目の選択肢はこの会話の記憶を消して、そのままこの世界で生きていく道。その場合はあなたの想いの力を封じさせてもらうわ。

 もう一つは神様としてその力を発揮して別の世界の創造をする道。幸いまだストックは余っているから。ただ、その場合はこの世界にはもう戻ってきちゃダメよ? 悪く言えば追放ね」



「? ? ?」


 一体この声の主はなにを言ってるんだろう? さっきから非現実的なことしか言っていない。ついにボクは頭がおかしくなったのかな?

 そんな事を考えていたら「はぁ~~~」というため息とともに、


「非現実的っていうなら今がまさにそれじゃない。あなたが口に出していないのに私はあなたの意図をくみ取っているでしょう? ほら、さっさと答えてくれないかしら? これ以上は私の負担も辛いのよ」


 負担?


「ええそうよ。あなた、想いの力が強すぎるのよ。今までその力が内にしか向かっていなかったから放っておいたんだけど今は外に向かってる。これ以上好き勝手されると最悪私の世界が壊れちゃいそうなの。だから思いの力を前と同じように内に向かうように私の方でいじくっちゃうか。もしくは他の世界に行ってもらうしか無いの。だからほら、ぐずぐずするなら無理やり封印しちゃうわよ?」



「ちょっ、ちょっと待ってよ!」



 いきなり色々言われても困ってしまう。だけど、今すぐ決めないといけないみたいだ。


 このままこの世界に残ってこの激情を外に出せず、一生を過ごすか。

 別の世界に行って一から神様のように創造をするか。

 この二択だ。この二つからしか選べないのならボクは――



「行くよ」



 こんな重いのを胸に抱えたまま生きていける訳が無い。消去法で別の世界に行くしか無いじゃないか。


「でも、世界の創造なんてどうやればいいの? ボク、やり方なんて分からないよ?」


「その辺りは安心しなさい。しばらくの間私があなたに色々教えてあげるから。創った後は私みたいに放置しちゃってもいいし。逆に積極的に関わってもいい。ほら、あなたがさっき言ってた善悪がハッキリした世界にする事も出来るわよ?」


「善悪がハッキリした世界」


 言葉にしてみる。でも、自分が作るとなるとあまりイメージ出来ない。


 そんな時、先ほどボクが蹴り飛ばしたゲームが目に入った。よくあるRPGだ。悪い魔王を勇者が倒してみんなが幸せになる物語。

 自分の作りたい世界――その方向性が定まったような気がした。


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