最終章6話『広河 子音-2』


 前書き

 今回の話は広河子音の回想であり、広河さん視点です。

 その為、出てくるのは基本的に広河さんのみであり、その他は基本登場しません。


★ ★ ★


 ボクが洒水しゃすい君の事を知ったからと言って、ボクの日常が変わることはない。

 いつものように父親に殴られたり、同級生の女の子から虐められる日々。

 お母さんがボクを庇って、その姿を見てボクの心がすり減っていく。そんな日々。


 いや、少しだけ変わったことがあった。


 洒水君の事を知ったボクは下級生の教室の前を通ることが多くなった。同じような人は他にも居て、みんなの目的は洒水君のようだった。と言ってもみんな洒水君に何か用があるわけじゃない。洒水君が何かをやらかすのを今か今かと待っているんだ。彼の行いは校内で一種のイベントと化しているようだった。


 実際、彼は似たような騒ぎを週に二、三回は起こす。と言っても、たいていの場合は洒水君を知っている相手側が折れる形で決着がつくから、大した騒ぎにはならない。ボクが最初に見た騒ぎは、レアケースだったらしい。




 そんなほんの少しだけ変わった日々が続いて――卒業式の日。

 ボクはいつものように目立たぬよう、周りに合わせて卒業式の形式通りに淡々と作業をこなしていく。お母さんが来てくれるという話だったので、心配させるわけにはいかない。


 そうして卒業式が終わって、後はお母さんと一緒に帰ろうという時だった――



「あれは……」



 廊下の向かい側からボクをいつも虐めてくる女子たちを発見する。

 ボクは咄嗟に彼女たちとは反対方向へ逃げた。今日は虐められるわけにはいかない。卒業式の日までお母さんに迷惑をかけたくない。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ」



 遠くへ、遠くへ、そう思ってボクがたどり着いたのが図書室だった。ここなら彼女たちも騒ぎを起こしづらいだろうし、時間を潰すにも丁度いい。



「今日は友達と遊んでいくから先に帰ってて……っと」



 お母さんにそうメールを送る。卒業式なのだ。ボクが友達と遊んでいくのは不思議ではないだろう。実際の所、ボクには友達がいないけれど、お母さんにはいつも友達と遊んでいると嘘をついている。それが一つ積み重なっただけだ。


 そうしてボクは図書室でしばらく過ごし――



「そろそろいいかな」



 パタンと今まで読んでいた本を閉じて、家へと帰る。もう外は夕暮れ時だ。帰ったらお父さんも居るのかな? お酒、飲んでなければいいけどな。

 そうしてボクは家までの道のりを歩き、家に着くころにはすっかり真っ暗になっていた。



「ただいまー」



 玄関に入った途端、嗅ぎなれたアルコールの匂いがしてきた。

 ――残念。お父さんは帰ってきていて、しかもお酒を飲んでいるようだ。そのまま外に退避したい衝動にかられたが、それではお母さんばかりが辛い目に遭ってしまう。それも嫌なので、ボクは今度は何をされるのかなと憂鬱な気持ちを抱えてリビングに行く。



「お父さん。お母さん。帰ったよ」








 ――返事がない。

 いくらお酒を飲んでいるからと言ってもこれはおかしい。

 最悪の場合でも怒声の一つくらいは飛ぶはずなのに……


「お父さん? おかあ……さん?」







 そんなボクの目に映ったもの。それは――倒れている二人だった。


「お……お母さん! お母さん!」



 ボクはお母さんの方に駆け寄ってその体を起こす。



「あ……おかえりなさい。しいちゃん」



 よろよろと立ち上がろうとするお母さん。しかし、また倒れそうになり、床に手をつく。


「あれ? おかしいな。ごめんね。ご飯の支度しないと」


「そんなのどうでもいいよ! どうしたのお母さん! またお父さんに何かされたの!?」


 キッとお父さんの方を見る。お父さんは仰向けになって倒れていた。眠っているのだろうか?


「大丈夫よ。お父さんだってお仕事疲れてるんだもの。お父さんは悪くないの。大丈夫。大丈夫。あら?」



 そう言って立ち上がろうとするお母さんだったがうまく体に力が入らないのか。立ち上がれずにいた。



「救急車を呼ぶよ。お母さんどこか悪いんだよ。ほら、お父さん! さっさと起きて!!」



 正直少しだけ起こそうかどうか迷った。だけど、救急車を呼ぶならお父さんの方が良い。子供のボクがちゃんと救急車をきちんと呼べるか不安だから。


 お父さんの体を揺り起こし――あれ? お父さんの体……冷たい?



「お父さん……ねぇお父さん!」



 お父さんの体を揺さぶる。しかし、お父さんは全然起きない。まるで人形のように、まったく抵抗せずボクに揺さぶられるがままだ。



「――っ」



 もう不安だとか言ってられない。

 ボクは救急車を呼んだ――

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