最終章5話『広河 子音』


 前書き

 今回の話は広河子音の回想であり、広河さん視点です。

 その為、出てくるのは基本的に広河さんのみであり、その他は基本登場しません。


★ ★ ★


 ボクはお父さんが苦手だ。

 娘であるボクやお母さんに対して、酷い事ばかりしてくるから。


 優しい時だってある。むしろ、優しい時のほうが多い。

 でもお酒が入るともうダメだ。仕事で溜まったストレスを家でこれでもかというくらいぶちまけるんだ。ボクは殴られるのは嫌だ。でも、お母さんが酷いことをされるのはもっと嫌だった。


「お父さんは悪くないのよ」


 それがお母さんの口癖だった。実際、お酒の入っていない時のお父さんは優しいお父さんだ。酔いが覚めたらきちんと謝るし、毎年のボクの誕生日も祝ってくれる。お仕事だって遅くまで頑張ってくれている。――ただ、酒癖が悪いだけだ。



 ボクは学校が嫌いだ。

 正確に言えば、同級生の女の子たちが嫌いだ。ボクは学校ではあまりみんなと話さなかった。ただそれだけだっていうのに気づいたら勝手にグループみたいな物が出来上がっていて、なぜかボクはそのグループのいじめの対象になっていた。


「いつもいつも暗い顔してて鬱陶しいのよ! 私たちの前に顔出さないでよね!」



 好きでこんな顔をしているわけじゃない。でも、ボクがここで問題を起こして、それが原因で家の問題が表面化するのは嫌だった。だから、ボクは彼女たちに立ち向かうことなく、無視した。


 それが気にくわなかったのか、彼女たちの虐めは日に日にエスカレートしていった。教科書・ノートに罵詈雑言が書き連ねられることは当たり前。酷い時はボクがトイレの個室に入っているとき、腐った水をぶっかけられた。お母さんには川に落ちたと言い訳したが、お母さんは私を抱きしめて「ごめんね」と零した。


 私はそんな日々を送っていた。

 そしてあの日……私は彼に会った。いや、見たというべきかな。










「君たちみたいな悪は許せない!!」


 ある日、学校の廊下を歩いていたらそんな非日常なセリフが響いて来た。下級生の教室からだ。ボクは少し気になったので覗いてみた。


「いや……ちょっとからかってただけじゃんか。そんなに本気になる事か?」


「そうそう。それに俺たち友達なんだからじゃれ合いの内だっての。お前には関係ないだろ、なぁ!?」


「う、うん……」


 教室では四人の男子が何やら言い合いをしていた。


 傍から見ているボクには四人の男子がどういう経緯を経て対立したのかは分からない。少し気になったボクは気づかれないように教室の外で事の顛末を見守る事にした。幸いと言っていいのか分からないが、既に教室の外には何人かのやじ馬が集まっていた。


「またやってるわよあの子」

「まぁまぁ、可愛いじゃないか。勇者勇者って言ってて微笑ましくなるよ」

「でもあの子もう小学四年生でしょ? ごっことかならまぁ分からなくも無いけどあれマジよ?」

「でも可愛いよね~。私、狙っちゃおうかな~」

「やめといた方がいいわよ。あの子、母性本能をくすぐるとかで狙ってる子多いから……特にあの子とよく一緒に居る女の子が近寄る女子に睨みをきかせてるから手が出せないみたい」

「怖っそれじゃあ仕方ないね~。あれ? なんか詳しくない?」

「え!? いや、こんなの結構広まってる噂よ!? け、決して私が手を出そうとして実際に脅された訳じゃないのよ!?」

「あ~、綾香あやかって年下好きだもんね~。確かに好きそうかも」

「ちょっとっ!? 人の話聞いてるの?」



 ……どうやらあの少年が悪だのなんだのと騒いでいるのは日常茶飯事の事らしい。そういえば下級生にそんな変わった子がいるって前にチラッと聞いたことがあったような?



「なにが友達だよ! 僕は見てたんだぞ! 天野あまの君に荷物を全部持たせていたり、彼に買い物を全部押し付けていたり、しかも君たちお金はちゃんと払ったのか!?」



 うん、どうやら虐めの現場を見た勇者君が怒っているという事みたいだ。虐められていた生徒は天野あまの君と言うらしい。


「あの……ボク、相沢あいざわです」



 ズコー


 ついずっこけてしまった。名前をちゃんと把握していなかったらしい。”あ”しか合ってないじゃないか。



「……と、とにかく! あまがわ君に酷い事ばかりしている君たちは悪だ! 勇者として許すわけにはいかない! さぁ、謝るなら今の内だよ!」


「名前……」



 虐めの被害者だと思われる相沢あいざわ君の言葉はどうやら勇者君には届かなかったようだ。



「そ、そんなのお前には関係ないだろ!」

「そうだそうだ! とっとと自分のクラスに帰れ!」



 さらにビックリ。どうやら勇者君はこのクラスの人間ですらなかったようだ。



「あくまでも謝らないって言うんだね! それなら仕方ない! 勇者らしく拳で解決することにするよ!! そして二人そろってアマゾン君に土下座してもらう!」


「「いや、それ勇者じゃなくね!? そしてアマゾン君ってもはや誰だよ!?」」


「問答無用!!」



 そうして勇者君といじめっ子と思われる二人が取っ組み合いになり、喧嘩が始まった。周りはもう予想していたのか、三人の周りからは机が離され、少し広いスペースが形成されていた。そして――



「コラァ! またお前か洒水しゃすいぃ!!」


「げ!? 先生!?」




 誰かが呼びに行ったのか、先生の登場だ。その登場に拳を治めたのはいじめっ子……だけだった。


「くらえ! 正義の鉄拳を!!」


「なーにが正義の鉄拳だ! いいから大人しくせんか!」


「あいたぁ!?」


 拳を治めなかった勇者君……もとい洒水しゃすい君の頭に教師からの拳骨が見舞われる。


「ったく、いつもいつもいつもいつも問題を起こしおって。少しは大人しくできんのか!?」


「もちろんです! 悪が滅びるまで戦い続けるのが勇者の役目ですから!」


「少しは周りに合わせろ! そんなんじゃ将来苦労することになるぞ?」


「なら――ボクがその周りとやらを変えてやります!!」


「何を『俺、良い事言った』みたいな顔をしているんだ! ちょっと来い! 今日という今日は『ごめんなさい』とお前が言うまで帰さんからな!」


「勇者は悪には屈しません!」


「はいはい」


 そうして引きずられていく洒水君。いじめっ子たちは舌を出して洒水君を見送るが、


「あぁ、お前たちにも来てもらうぞ?(ガシッ)」


「「え?」」


 いじめっ子二人の手を一度に掴む先生。


「ちょっ、待ってくださいよ先生! 仕掛けてきたのは豊友ほうゆう君の方ですよ! ボクたちは何もしてません!」


「そうですよ先生! なんでボクたちまで行かなきゃいけないんですか!」


「喧嘩両成敗だ。それに、お前たち二人には別に聞きたいこともあるからな。さぁ、来い」



 そうして引きずられていく洒水しゃすい君といじめっ子二人。


 これがボクが豊友ほうゆう洒水しゃすいを初めて見た瞬間だった。

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