最終章4話『助けてよ』
神様こと広河子音。前髪をかき分けて鋭い眼光でこちらを睨む彼女。
その姿を見て、僕は彼女を神様だなんてとても思えなかった。ただの……女の子だ。
「キミはぁっ! いっつもいっつも楽しそうだったよねぇ! それをいつも影から見ていたボクの気持ちがわかるかい!?」
「一体何の話?」
「そんなの自分で考えてよ! なんでいちいちボクが説明しないといけないんだよぉ!」
広河さんはその拳をゆっくりと振り上げ、僕の胸目掛けてゆっくりと打ち下ろす。しかし、ゆっくりだからそこまでのダメージは無い。だからこそ避けなかったんだけど。
「退屈な毎日。綿でゆっくりと首を絞めつけられるかのような苦痛だったよ! そんなボクのそばでキミはなんなの!? ボクに対する嫌がらせかい!? 勇者勇者ってはしゃいでさぁ! なんであんな退屈な日常の中で楽しそうにしていられるんだい!? なんとか言ってみてよ! もう! もう! もう!!」
振り上げ、降ろす、振り上げ、降ろす、振り上げ、降ろす。
その繰り返しだった。もう神様どころじゃない。まるで幼い子供のよう――そう思えた。
広河さんが手加減、もしくは何かの狙いがあってゆっくりと動いているのかと思っていたけど違うんだ。
これが全力なんだ。彼女が持つ得意な力はこの世界の物を意のままに操れる力。そして彼女が先ほど言っていたこの世界の物に対する絶対的な防御性能。
つまり、攻撃的な力はカヤの時に使用していた地形を変形させたりといった力しか無いんだろう。もちろん、それらはとても脅威だ。立て続けに使われれば僕なんか太刀打ちできない。そのうえ、何のダメージも与えられないんじゃ勝てるはずもない。
彼女に勝つにはこの世界以外の物を使う、もしくはこの世界以外の人が攻撃するなどしか無い。ボクはこの世界の人間じゃないけれど、それは意識だけでこの体はこの世界の
つまり、僕らのパーティーで彼女にダメージを与えられる存在はエルジットとセバスさんだけ……あぁ、そうか。だからこそ彼女はその二人を閉じ込めたのか。あれは神父がやった事だけれど、おそらくそれは広河さんが指示した事だったのだろう。
それだけで僕らは詰みだった。しかし、彼女はなぜか知らないけれど僕に名前を呼ばれたことに動揺し、激怒した。激怒=攻撃力増強という訳では無い。特に広河さんの場合はそれが顕著だ。地形を変形させたり、罠を張ったりなんかは冷静なときである方が使いやすい。現に彼女はその力を使うのも忘れて、ポカポカと僕を叩いてくるだけだ。
「退屈な時間は嫌なんだ! 考えたくないのに……お父さんが悪くないのは分かってる! みんなだって悪くないのは分かってる! ただ巡りあわせが悪すぎたんだって分かってるんだよ! それでもふと空いた時間――憎しみが募ってしょうがないんだ! 恨むにしたってボクは……誰を恨めばいいのかすら分からないんだよ! ボクはどうすればいいんだよ!!」
広河さんが内に抱えた想いを口から吐き出していく。残念ながら彼女の事を知らないボクは彼女がどう生きてきて、なぜこの世界で神様なんてやっているのか分からない。それでも、辛そうで、悲しそうで――彼女を助けてあげたいとそう思って――
「でしたら死んでしまえばよろしいんじゃありませんか? 何も考えずに済みますよ?」
意識の外からの声。
それは知っている人物の声。しかし、本当に彼女が発した声なのか。そう考えさせるほど冷めた声だった。
「あ――」
広河さんが呆けた声を上げる。その喉には一本のペンが深々と突き刺さっている。広河さんは刺さったペン、そして刺した”彼女”、そして最後に僕へと視線を移し、
「たす……けてよ」
そう言って、倒れてしまった。
「広河さん!!」
僕は彼女の喉に刺さったペンを……駄目だ。抜いていいのかも分からない。しかし、少なくともこのままにはしておけないのは確実だ。
「何を……何をやってるんだよ! ウェンディス!!」
ボクは、広河さんの喉を目掛けてペンを突き刺したウェンディスの名を叫ぶ。
「くふ、くふふふ、ふふふふふふふふふふ」
ウェンディスはそんな僕に構うことなく、冷めた目で広河さんの苦しむ姿を見ていた。
見ていた――
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