第4章22話『要求』



「――ハッ!」


 いつの間にか意識を失っていたようだ。あのふざけたクイズの後、意味不明な穴に落とされたかと思ったらいつの間にか地に足がついている。



「ここは……」


「帰ったか洒水ぃぃ! 試練は乗り越えられたのだろうなぁぁぁ!?」


「どわぁ!? びっくりしたぁ!」



 状況を把握しようと周囲を見回そうとしたらいきなり目の前にギルクさんの顔が現れた。近い近い近い! まったく心臓に悪いなぁもう。



 慌ててギルクさんから離れて改めて周囲を見回す。そこは僕がクイズ番組のような場所に落とされる前に居た魔王の間だった。そこにあったはずの各武具が描かれていた扉はいくつか消え、残りはハンマーが描かれている扉のみだった。



「お帰りユーシャ! どうだった? 無事に試練は潜り抜けられた?」

「聞いてくれ主様! 童の受けた試練はひどかったぞ! あんなもの試練でも何でもない! ただの嫌がらせだぞ!」

「よう洒水! おめぇにしては時間がかかったな? どうだ? 新しい武器の感想は? いや、言う必要はねえさ。その目を見れば分かるぜ」



 なぜか競うように僕へと話しかけてくるエルジットとカヤ。遅れてレンディアが話しかけてきたが、勝手に話を終わらせてしまっている。



「え? 試練? やっぱりあれって試練だったの?」



 僕がやってきたのはただのクイズだ。訳の分からないクイズを何個も出題され、答えただけ。しかも結果は散々だった。

 つまり、僕は試練を乗り越えられなかったという事なのだろうか?

 肩を落としてその事を皆に伝えようと、深呼吸をする――のだが!


「さっすがユーシャ! ユーシャにとっては大したことない試練だったんだね! でもねでもね! 私だって楽勝だったんだからね? なんか言われるがまま色んなお洋服に着替えてたら知らないおじさんが『美しい、素晴らすぃ』とか言ってて最後には『合格!!』って言われてこれ貰っちゃった! どう? 似合ってる?」


 そう言ってエルジットは胸元を強調するように前かがみになってこちらをうかがう。いや、身に着けているネックレスを見せようとしているのは分かるんだけどさ? 僕も健全な男の子な訳で……こっちも前かがみになってしまいそうというか……そのぅ。


「っっ! 何イヤらしい事を考えているのですか兄さま!? そんなに溜まっているのであれば私が全てを受け止めて見せます! さぁ、どうぞ!」


「どうぞじゃないよ!? っていうかどこから現れたのウェンディス!?」


 会話に参加すらしていなかったウェンディスがいきなり目の前に現れ僕のズボンを引きずり降ろそうとしている。最近大人しいと思ってたのに油断するとこれだよ!

 と、いつものウェンディスの行動に呆れていたら――



「――ハッ! ……もう!!」



 と、ウェンディスは僕のズボンから手を離し、部屋の隅っこまでとぼとぼと歩いてその場で座り込んだ。あれ? いつもならとことん僕にアタックしてきてたんだけど……やっぱり機嫌でも悪いのかな?



「皆さん。お待たせして申し訳ありません。お嬢様、短い間とはいえ傍から離れてしまった事をどうかお許しください」



 と、そのとき丁度セバスさんも帰ってきた。それと同時にハンマーが描かれていた扉が薄れていき、まるで最初から無かったかのように消えてしまった。



「それと申し訳ありません皆さま。私は試練というものを突破できなかったようです」そう言ってセバスさんは僕たちに向かって頭を下げる。しかし、すぐに顔を上げると「まぁ、武器など無くとも私にはこの鍛えられた肉体があれば事足りるのです。問題は無いでしょう」と、にこやかな笑顔で言う。


 実際、セバスさんに武器など必要ないとは僕も思う。その肉体スペックだけ見てもここに居る誰よりも強いだろう。



「そっか。それはいいんだけどセバス。なんか妙に機嫌がよくない? 中で何か良い事でもあったの?」


「いえいえ、何も良い事などありませんでしたよ。まったく、自らの思い上がりを情けなく思うばかりです。お嬢様の期待を裏切ることになってしまうとは。このセバス、一生の不覚でございます」

 


 笑って自身の失敗を嘆くセバスさん。しかし、大した失敗であると考えていないのか、その表情は少し明るく見える。実際、セバスさんが試練を突破出来ず武器を手に入れることができなくても特に問題はない。セバスさんはそんなものが無くても十分強いのだから。




「ミョルニルを手にする者は居なかったかぁ! まぁ良かろう! それでは行くがいい勇者ども! あの神父を地獄に叩き落してくるのだぁ!!」



「いや、僕も手に入れてないんだけど!? さっきから手に入れた前提で話さないでくれない!?」



「なぬ? 主様が試練を乗り越えられなかったというのか? 一体どれほど過酷な試練だったというのだ……」



 ごめんカヤ。過酷っていうかただただ理不尽なだけで危険なんて全くない試練だったんだよ。


「ふん、情けない。多少骨はあると思っていたが見込み違いだったかこのクズがぁぁ!!」


「それは言い過ぎじゃない!?」


 なぜかギルクさん(裏)が僕に対して厳しい。何か嫌われることでもしただろうか?


「まぁ良い。貴様の持つフロッティもかなりの武器だ。大差ないだろう」


「だったらそもそも試練なんて受けなくて良かったんじゃないかなぁ!?」


 大差ないんだったらわざわざ試練なんて受けなくても良かったと思うんだ。あんなストレスだけたまるような試練を受ける意味……無いよね?


「大丈夫だよユーシャ! ユーシャには誰にも負けない強さがあるから!」


「例えば?」


「え? えっと……ほら! 勇気とか正義を愛する心とか……そういうの?」



 エルジットさーん。なんで疑問形なんですかー? そして目が泳いでますよー。



 そんなやり取りをしている中、



 コンコン


 控えめなノックの音が空間に響き渡った。その場にいるみんなが口を閉じ、この魔王の間に入れる唯一の扉へと視線を集める。


 コンコン


 またもや控えめなノックの音が響いてくる。発生源は皆が見つめている扉からだ。そして扉は何者かの手によってゆっくりと開かれていく。



「返事が無いので勝手に開けさせていただきましたが……やれやれ。神のおっしゃる通りですね。なぜギルクさんまでこの場に居るのですか……。まぁ問題はありません。皆さん、どうかひとつ私の願いを聞いては頂けないでしょうか?」



 神父――彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、



「そちらに居る魔王カヤを引き渡していただきたい。そうして頂ければこれ以上あなた方に付きまとう事も、危害を加える事もありませんよ?」



 そう――当然のように要求してきたのだった――


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