第3章31話『魔王、家を手放す』


「それでウェンディスさん。洒水さんはどうしたんですか? なんだか酷くボロボロに見えるんですけど……」



「兄さまの装備している服を外してほしいんです! 遂に私と兄さまがひとつになる時が来たのですよ!!」



 教会を出てから数時間後、僕はウェンディスに引きずられてギルクさんの経営する武器屋へと来ていた。

 もちろん、引きずられてというのは文字通り体を引きずられながらという意味だ。

 


「えーと……本人の同意なしには装備品の付け外しなどは出来ないんですけど……」



「大丈夫です! 兄さまは嫌がっているように見えて内心では私とひとつになることを望んでいるんです! 私を信じてください!」



「……なんか洒水さんが首を横に振りながら泣きそうな目でこっちを見てるんですけど……僕にはあれが演技には見えないんですけれど」



「兄さまの演技力は村一番なのでギルクさんが騙されるのも無理ないんです! だからギルクさんはとっとと兄さまの装備を外して真っ裸にするべきなんです!」



「やめ……ホント……無理。やめて……お願いします」



「どう聞いても嫌がっているようにしか聞こえないんですが!? っていうか洒水さん本当にどうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」



 気力を振り絞って吐き出した言葉の数々をギルクさんは聞き取ってくれた。良かった。ギルクさん(表)がまともな人で本当に良かった。

 


「いや、なんかもうここに来るまでの間に色々あってさ。ついつい生きる気力を失いかけてたよ」



「”ついつい”で失うにはでかすぎるような気がしますけど……一体何があったっていうんですか?」



 ここに来るまでに何があったかだって? いいだろう、説明し――



「うぅっ」



「どうしたんですか洒水さん!?」



「いきなり頭が痛くっ……あれ? 何があったんだっけ?」



 なんだろう。確実にウェンディスに引きずられている間に僕の気力が全力で削がれるようなイベントがあったはずなのだけど……思い出せない。いや、思い出せないというよりは脳が思い出すのを拒否していると言ったほうが正しい気がする。



「本当に大丈夫ですか洒水さん。今日はもう帰ったほうが……」



「ああ、いや、大丈夫。ちょっとここに来るまで何があったかを思い出そうとすると死にそうになるくらい頭が痛くなるだけだから」



「それ本当に大丈夫なんですか!?」



 大丈夫。大丈夫なはずだ。大丈夫……かなぁ?



「おーーーーーーーーい! 主様ーーーーーーー!」

「よぉ、洒水、どうやら無事に済んだらしいな」



 ぬ!? この声はレンディアとカヤ!? ここに来る間の事は覚えてないけど二人が僕を見捨てたことだけは覚えているぞ! さぁ、殴られる準備はいいかぁ!!



「くたば……あれ?」



 僕はレンディアとカヤの方を振り返りざまに拳による一撃をお見舞いしようとしたのだが……振り返った先にはレンディアしか居なかった。あれ? カヤはどこに?



「ぶべっ」



「あ」



 カヤがどこに行ったのかという疑問で僕の頭の中は埋め尽くされていたが、それでも僕の拳は止められなかった。むしろ無意識な分威力が乗っていたかもしれない。

 そのまま僕の拳はレンディアの左頬へとクリーンヒットしていた。断じて狙ったわけではない。



「あ、ごめん。レンディア」



「おう! なんで殴られたのかは分かんねえが気にすんな!!」




 頬を赤く腫らして若干涙目になりながらレンディアが右手でサムズアップしてくる。いや、少しは怒るべきなんじゃないかなここは? まぁ何も言わないでおこう。



「ときにレンディア。カヤはいったいどこに居るの? さっき声が聞こえてきた気がするんだけど?」



「ああ、カヤちゃんならあそこだよ」




 そう言ってレンディアが指を指したのは更に後方、村のある方角だ。無論ギルクさんの武器屋は村からだいぶ離れた場所にあるから僕の視界に映るのは荒野だけだ。



「ん? 居ないけど……もしかして村に残ってるとか?」



 カヤにとって僕は必要だと言っていたからてっきり付いてくるものだと思ったけど……予想が外れたのかな?




「いや、ちげぇよ。よく見ろよ。あそこに居るだろ?」



「へ?」



 相変わらずレンディアが村の方向を指さすが見えない。目を細めてみても……ん?



「おーーーーーーーーい! 主様ーーーーーーー? 大丈夫だったかーーーー?」



 何やらピョンピョン跳ねる人影が見える……気がする。遠くてよく見えないのだがカヤの声はこちらから聞こえてくる。つまりあの人影がカヤなのだろう。



「遠っ!?」




 なんであんなに遠くにいるの!? こっちに来ればいいじゃないか!?




「なんでそんな遠くに居るのーーーーーーー?」



 とりあえず疑問を大声で叫んでみた。それぐらいの声量でなければカヤに届きそうになかったからだ。




「そっちは安全なのかーーーーーー!? 童が行っても死ぬような事はないかーーー?」



 ?? なんでそんな心配をするんだろう? さっき僕を見捨てたことを気にしているとか? 僕がそこまで怒ってるという心配? いや、それなら僕に安全か聞くのはおかしいか。 まぁ何を心配しているのかは分からないけど、



「大丈夫だよーーーーーーーー! だからこっちにきなよーーーーー!」



 という事だけは伝えておこう。話すだけでこんな大声を出し続けるなんて疲れるだけだ。




「分かったーーーーーーーーーーーー!」



 カヤはそう言いながら翼を広げて空へと舞いあがりこちらに向かってくる。やがてハッキリと視認出来るくらいまで近くまで来るが、



「ひええええええええええええええええ!!」



「ギルクさんもか……」



 もはや見慣れた光景。カヤと初めて会う村人はなぜかカヤを怖がるんだよなぁ。カヤよりも強いはずなのに何を怖がっているんだか。


「いや、一応ギルクさんはカヤよりステータス低いのか」



 ギルクさんは僕が見た今までの村人の中である意味最弱。僕のイメージ通りの無力な村人、それこそがギルクさんだ。まぁ裏人格ともいうべきキリングウェポンたるギルクさん(裏)が常識はずれなんだけどね!



「来たぞ主様! ぬ? そこの童に怯えている男はなんだ? 主様の知り合いか?」



「カヤよりも圧倒的に強いギルクさんだよ。今はこんなに怯えちゃってるけど怒らせたら冗談じゃなく手が付けられないから怒らせないでね?」



 ギルクさん(裏)の矛先がカヤへと向いたとき。僕たちはもうどうすることも出来ないだろう。

 それこそカヤの死を悼む事くらいしかできない。



「そうか」



 カヤはそれだけ言うとギルクさんに向かって歩いていく。おや、一体何をするつもりだろう?



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ! ど、どうしてこんな所に魔王が!? ぼ、僕の集めた武器の数々を奪いに来たっていうんですか!? 渡しませんよ!!」



 怯えている割には武器は渡さないんですねギルクさん? そんなに武器が大事なの?



「貴様が主様が言っていた武器屋の店主か」



「ぬ、ぬしさま? 僕の事を誰がどう言ったのかは知りませんけどその通りですがなにか? 僕に何か用でもあるんですか!?」


 一歩も引かないギルクさん。怯え手足もブルブル震わせてはいるものの、店を放り出して逃げないのは商人としてのプライドとかそういうのだろうか?



「童が貴様に言う事はただひとつ」



 そしてカヤは、



「お願いだから勇者に貴様の店の武具を売らないで欲しいのだぁぁぁぁ!!!!!!!」



 なんの躊躇いも躊躇もなく土下座した!?



「へ? え? え?」



 さすがに予想外だったのか。ギルクさんも目を丸くして驚いてる。レンディアもそうだし、僕もそうだろう。おーい、ウェンディス。何そのキラキラ輝いてる笑顔。この場面だとただの嫌な奴にしか見えないよ?



「金は今は無い。だが……頼む! 働いてでも返す! どれだけの年月がかかろうが必ず返す! だから頼む! どうか……どうか勇者にだけは売らないでくれ! なんでもするから頼む!!」



「ん? カヤさん? 今なんでもするってふごごっ」


「はいはーい、ウェンディスは黙ってようね~」


 話を引っ掻き回しそうなウェンディスを即退場させる。ちなみにウェンディス。それは女の君が言う言葉じゃ無いと思うんだ。



「勇者に武器を売るな……ですか? まぁ魔王さんが全ての商品を予約してくださるとでもいうのなら良いですけど」


「なに!? 本当か!? うむ、予約する。予約するぞ!」


「でも支払いとか大丈夫ですか? 予約金とかも結構高めになっちゃいますけどさっきの言い方だとお金は全然持ってないんですよね?」


「ぐっぬぅ。確かに金は無いが……なんとかならぬか?」


「担保とかあればいいんですけど……何かお金になりそうなものとかあります? 土地とか家でもいいんですけど」


「担保か……。童が出せるのは少し先のほうにある魔王城とかだがそれでも大丈夫か?」


「勿論大丈夫ですよ! というか、あれほど巨大な城ならばおつりがくるくらいです!」


「ぬ? そうなのか? であれば魔王城をくれてやる代わりに貴様の店の武具を全て売ってくれとかでもよいのか?」


「もちろんですよ! ですけどいいんですか? 完全にこっちが得しちゃってる状態ですよ?」


「無論だ。……いや待て。ではこうしよう。貴様の店で新たに商品を入荷するとき童に声をかけてほしい。そして童が希望した場合、それを童に売ってほしいのだ。多少値段を下げてくれたりすると嬉しいし、その時に持ち合わせが無いと困るから少し取り置きして貰えたりすると童は嬉しいのだが……よいか?」



「専属契約ってやつですね! もちろんいいですよ! 交渉成立ですね」


「うむ」



 そう言って二人は契約完了の握手を交わす。

 交渉成立。一件落着ってやつだね。



 ………………いや、これっていいの? っていうかいきなりファンタジー世界から現実世界に戻された気がするんだけど気のせいかな?


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