第3章22話『魔王カヤ-4』


 前書き

 今回の話は魔王カヤの回想であり、カヤ視点です。

 その為、出てくるのは基本的にカヤのみであり、洒水やウェンディスは登場しません。



★ ★ ★



「ふ、ふふ、ふふふふふ」


 カヤの笑い声が荒野に響き渡る。


 三回目。


 そう――三回目にして遂に彼女は自分の命を脅かす勇者を撃退したのだ。


 これでカヤの命を狙う者は最低でも五人減った。

 いや、勇者というものが今の五人だけなのだとしたら、カヤの命はこれ以降誰にも狙われることがないかもしれない。

 そう考えるとカヤは笑わずにはいられなかった。


 達成感、初めて人を殺した高揚感、これから命を狙われることがないかもしれないという安心感。それらがない交ぜとなったカヤの笑い声が響く。



「あは、あはははははははははははははは! やった……やったぞ! 童はついに平穏を手に入れたぁっ。童の命を狙う勇者はもういない。これで魔王である童は……自由だぁ!!」


 厳密にいえばカヤが結界によってニヴルヘイムから出られないことに関しては何も変わっていないので自由というのは語弊があるのだが、それでもカヤはそう思えるくらい気分が高揚していた。



「これで童を狙うものはいなくなったであろう! もし仮に他に勇者がいたとしても同じように撃退して……む?」



 カヤは戦場に先ほどまで無かったものを見つける。それは黒い箱であり、丁度人間が一人すっぽり入りそうな箱――棺桶だ。


 棺桶は丁度勇者パーティーの人数分である五人分あった。もちろん、先ほどまでこんなものは無かった。

 絶対の絶対に無かった。


 というかあったら絶対に気が付いていたはずだ。



「なんなのだ……これは? 勇者共の死体も無いがこの中にあるのか?」



 そうしてカヤが棺桶の蓋へと触れようとした瞬間だった。

 棺桶は誰にも触れられていないのにひとりでに浮き上がったのだ。



「ぬぅ!? なんだこれは!?」



 そんなカヤの驚きなど意にも介さず、棺桶は高度を上げていき、高度二十メートルほど舞い上がると、ニヴルヘイムの外側へと猛スピードで舞って行った。無論、結界などは素通りである。



「なぁっ!?」



 カヤにしてみれば意味不明な出来事の連続であった。棺桶がひとりでに浮き、しかもカヤが全力をもってしても抜けられなかった結界を素通りなど悪夢以外の何物でもなかった。



(ポカーン)



 結果、カヤは口をあんぐり開けて棺桶が飛んで行った方向を見つめるしかなかった。

 しばらくそうして固まっていたカヤだったが、



「ま、まぁ気にせずとも良かろう! これで童の身は安全のはずだ! 安全のはずだが……まぁ不便も特にないことであるししばらくはまだここで生活するとするか」



 自分に安全だと言い聞かせるカヤだったが、幾度となく理不尽な目にあわされている間に身に着いたかもしれない危機感が素直にこの先の展開を楽観視できなくなっていた。


 まぁ、それが大当たりであることは数日後にはっきりするのだが……。




★ ★ ★




 そうして数日後――



「……ワー、結界に揺らぎがミエルノダー」



 半ばやけくそ気味にカヤは魔力を練り始める。無論、自身の放てる最大級の魔法を放てるようにである。

 そうして魔法が完成する直前、カヤが思った通りに結界の外側から一人の人間が出てきた。見覚えがある。この前倒したはずの勇者パーティーの一人だった。




「くたばりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 もはや詠唱もへったくれもない。ただただ憎しみや世界に対する鬱憤を込めた闇魔法の一撃をカヤは勇者に向かって放つ。



「読んでいたぜ! ぬぅんっ」



「なっ!?」



 勇者パーティー側はカヤの攻撃を読んでいた。後から結界に入ってきた明らかに防御役だと思われる大男が巨大な盾を初めに入ってきた男の前へと展開させた。



 

「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



「えぇいしつこいわぁ! とっとと沈まりゃああああああああああああ!」



 盾とカヤの魔法の激突。間にある大地はその余波を受け蒸発していた。それほどの衝撃。盾自体も蒸発して然るべきだが、それは盾自体の性能が桁違いなのか、所持者の特別な力のせいなのかは不明だがとにかくカヤの魔法を受け止め続けていた。



「ぐっぬぅ」


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」



 結果、防御役のその男はカヤの魔法を耐えきった。

 盾は半分ほど融解しもう使い物にならないほどにボロボロだったが、それでも生き残ったのだ。

 それでも男も膝をついているあたり、ダメージを受けているようだ。カヤは笑みを浮かべて追撃へとうつる。



「癒しの力を彼の者に! ヒール!!」


「はぁ、はぁ。……ふぅ。すまんなアレシア! これならまだまだ戦えそうだ!」


「あなたに倒れられては魔王の攻撃をしのげませんからね! こちらこそ頼りにしてますよ! ナオ!」




「……………………へ?」



 カヤには今何が起きたのかよくわからなかった。というか分かりたくなかった。



(へ? 回復? 五対一の状況でさらに勇者は回復まで許されているというのか? なんなのだこれは? せっかく童が与えたダメージが無駄? え? これ続けられたら童、勝ち目など無いのではないか?)



「皆! この魔王を倒せば人類に平和が戻ってくるんだ! 行くぞ!!」



「「「「おう(はい)(殺るぜぇ)!」」」」



「……………………」




「さぁ魔王! 今までよくもやってくれたなぁ! 今まで罪のない人を苦しめて……僕は……僕は……魔王、お前を絶対に許さない!!」




 ブチン――

 この瞬間、魔王カヤは……キレた――



「許さないのはこっちのほうじゃたわけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




 勇者の何気ない一言にカヤはキレた。

 まぁこれは無理もないことだろう。カヤは罪のない人を傷つけた覚えなどないのだから。




「回復するのはそこな娘かぁ!! 貴様ら勇者の方が卑怯であろうがぁ! 五対一の状況で回復などズルイにも程があるであろうがぁ! そもそも貴様ら一回死んだはずであろうがぁ! いい加減黄泉へと行くがいいわぁ! 頼むから戻ってくるなぁ!!」



 そうしてカヤは身体能力のすべてを回復役の女の元へと走ることに費やした。



「なっはやい!?」

「に、逃げろぉ! アレシアァァ!」




 勇者たちの身体能力では魔王であるカヤに反応できなかったのか、カヤは無事回復役の女の懐へと潜り込み、そして



「キシャアアアアアアアアアアア」

「イヤアアアアアアアア」



 もはや魔王というより獣のような雄たけびを上げながら回復役の女の腹をその爪にて切り裂いた。

 


「ア、アレシアァァァァァァァァァ」

「クソ! 魔王め! 後列のアレシアを狙うなんて卑怯だぞ! もっと正々堂々戦えないのか!?」

「アレシアちゃん……こんな、こんなことって……あんまりです」

「殺るぜぇ……」



 悲嘆にくれる勇者パーティー。しかし、魔王カヤの進撃は止まらない。むしろ勇者パーティーの一言で加速した。




「なぁにが正々堂々なのだぁ!! 今まで散々卑怯な手段で童を殺めたのは勇者であろうがぁ! そもそも正々堂々と言うのならば一対一でかかってくるべきであろうがぁ! 五人で童と戦うという時点で正々堂々では無いのだとしれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



「何を意味の分からないことをぐばぁっ」

「俺たちは勇者だぞ! 卑怯な事なんてあるもんかぎゃあああああああああ」

「勇者なら許されるんです! 今からでも仕切り直しをぉぉぉぉぉぉぉ!」

「殺るぜ殺るぜ殺るぜぇぇぇい! やっ殺られるぜぇぇぇぇぇぇぇぇい!」



 怒りに任せてカヤは自らの爪を振るった。

 その爪は大地も裂き、頑丈そうに見える勇者の鎧すらもバターのように両断して見せた。続いて防御役の男を切り裂いて深手を負わせ、補助要員らしき女の頭蓋を切り裂き、明らかに言動も目つきもやばげな男の右足を両断した。



「く、回復役を潰してからの連続攻撃だとぉ!? どこまで卑劣なんだ!?」



「黙りゃああ! もう生き返ってこないようにその体、肉片すら残さぬわぁ!」



 カヤは今度という今度こそはという思いを込めて自分の放てる最大の召喚魔法を構築する。



「カオスの海より来たりて眼前の勇者どもを消し去れ! もう二度と童の前に姿を現さぬようその魂ごと握りつぶしたまえぇ! デビルズハンド(悪魔の魔手)! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」




「「ぐあああああああああ」」

「きゃああああああああ」

「殺るぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




 そうして勇者パーティーは再び滅んだ。

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