第3章21話『魔王カヤ-3』


 前書き

 今回の話は魔王カヤの回想であり、カヤ視点です。

 その為、出てくるのは基本的にカヤのみであり、洒水やウェンディスは登場しません。



★ ★ ★



 魔王城の存在している大陸――ニヴルヘイムにある人間の村はたった一つ。

 つまり、他の村に行こうとするならばニヴルヘイムから出なければならない。


 今まで外の世界に触れていなかった魔王カヤだが、そういう知識は目覚めた時からあった。


 なのでカヤは翼を広げ跳躍し、他の大陸へと飛び立ったのだが――



いだぁっっ!!(ゴツッ)」



 魔王城が存在する大陸のニヴルヘイムには結界が張ってあった。

 それは魔王が他の大陸の人間を魔王城へと近づかせない物であると言われており、カヤも知識としては知っていた。


 知識と知っていた――つまりカヤ自身には結界を張った自覚など微塵もないのだ。


 その結界へとカヤは思いっきりぶつかった。

 カヤはぶつかって赤くなった鼻をさすり、


「えぇい! なんなのだこの壁は!? まさか………………結界、か? 魔王が張ったという結界……なのか? いや、魔王って童だが、こんなもの作った覚えがないぞ? どうすればこの結界は破壊できるのだ?」



 いくら考えても答えは出ない。なので、



「開けぇいゴマァ! 開錠! 開けったら開くのだぁ!! 滅!! 結界解除を申請する! えぇい! いい加減開けぇい!!」



 カヤはドンドンと結界を拳でたたきながら様々な結界の解除ワードっぽい何かを叫ぶ。しかし、結界はそれをあざ笑うかのようにカヤの行く手を遮ったままだ。



「えぇい! もうよいわぁ!! 童の全力をぶつけてやるわぁ! 童が作った結界なのだから童が壊しても誰も文句など言わぬであろうがぁ!!」



 そうしてカヤは自らの持てる最大級の魔法を放つため、魔力を溜め始めた。放つのはただ物理威力だけに特化した集団専用の魔法。



「カオスの海より来たりて眼前のムカツク壁を打ち壊せ!デビルズハンド(悪魔の魔手)! 砕け散れぇぇぇぇい!! 」



 カヤの魔法に従い、頭上の雲から巨大な手が現れる。

 その手は触れるもの全てを破壊し、突き進むただ破壊だけを追求した代物。

 カヤの望んだとおりに巨大な手は結界を叩き――触れた瞬間に生み出された手は霧散した。



「は?」



 カヤは口を開けて呆然とするしかなかった。まぁ無理もないだろう。自分の放てる中で最大級の魔法が簡単にかき消されたのだ。これで動揺しないほうがおかしいというものだ。

 だがいつまでもぼうっとしてはいられない。カヤは数分後に正気を取り戻し、



「上等ではないかぁ!! 童の全力中の全力で破壊してくれるわぁ!!」



 そこからカヤの奮闘は始まった。



「始まりの炎よ、目の前の童が作ったらしい結界を燃やし尽くせぇぇ!! 塵一つ残さずこの世から消しされぇい!!」



 ある時は全力の炎で焼いてみたり、



「身体強化ぁ!! 魔爪を再構築! 童の爪は鋼鉄すらも切り裂くのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 ある時は自らの爪を強化して結界に切り裂きかかってみたり、



「開けっつってんじゃろうがボケェ!! 開けぇい!! 開けったら開くのじゃああ!!」



 自棄になって思いつく限りの魔法をぶつけてみたり、




 そうして数時間が経ち、



「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」



 結界には傷一つついていなかった。



「もうなんなのだこれはぁ!! 童が作ったものではないのか!? だったらなんで童が破壊できないのだ!? お願いだから消えてくれぇ! お願いします!!」



 そうしてカヤが結界に向かって土下座しても、結界はやはり何も変わらずにその存在を消すことは無かった。



「…………帰るか」



 もうカヤは諦めて帰ることにした。もう体力も残り少なく、魔力もすっからかんになるまで魔法を使っていたからだ。

 しかし、




「見つけたぞぉ! 貴様が魔王だな!?」




「へ?」




 声のした方向に目を向ければ、そこには三人の人間がいた。

 しかも、すぐ後には二人の人間が現れたのだ――結界の外から。



「なんで貴様らは結界の中に入れるのだ!? 童が出れないというのにおかしくないか!?」



 カヤは突っ込まずにはいられなかった。

 件の結界は魔王が魔王城に近づかせないために張ったものだ。

 それなのに、なんでこの人間たちは結界に入れるのだ? というかなんで童が出れないのだ? カヤの胸中は釈然としない何かでいっぱいだった。



「まさかニヴルヘイムに入って早々魔王と出会うなんて」

「俺たちを待ち伏せしてたってのか!? 卑怯な真似しやがって!?」

「皆! これは好機と考えよう! ここで魔王を倒せば世界に平和が戻ってくるんだ! 負けられない戦いだ! みんな! 準備はいいか!?」


「「「「おう(はい)!!」」」」



「だから童の話を聞けというのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 この後、戦闘になって当然のごとくカヤは敗れた。


 戦闘自体は二回目だったので前回よりはマシな動きだったかもしれないが、そんなもの関係なしに今回はカヤのコンディションが悪すぎた。

 結界相手に全力を振り絞ったカヤは体力、魔力共に尽きかけていたのだ。


 そんな状態で歴戦の勇者にかなう訳もなく、大した抵抗も出来ずに敗れた。全体的に見れば一回目の戦闘の時よりも遥かにお粗末だった。



(もうヤダぁ。なんで童だけこんな目に……。予知夢とは少し違うが童が死ぬという未来は変わらなかったというの……か)



 そうしてカヤの意識は闇へと沈み、





「む……んん?」




 何事もなかったかのように覚醒した。

 場所は見覚えがありすぎる魔王城。その玉座だ。

 カヤがこめかみに手を当てる事、数十秒。




「うむ。これはあれだな。るーぷというやつであろう?」



 自分の身に起きている現象をループだと考えた。

 既に二回の死を経験したカヤだが、失われていく血の感覚。冷たくなっていく体。あんなものがただの夢だとはやはりどうしても思えなかった。

 そして死んだあとは二回ともこの魔王城の玉座へと戻ってきていた。おそらく死んだらこの玉座へと戻るように設定されているのだろう。誰が設定しているのかは知らないが、とりあえず”神”とでも設定しておこう。孔明でも可だ。



「って孔明って誰なのだ? まぁそんな事は置いておいて」



 自分の思考に一瞬突っ込んだカヤであったが、そんな事よりもこの先どうするべきか考えることにした。

 正直カヤはもう死ぬのは勘弁だった。別にマゾという訳ではないのだ。殺される感覚などに快感など覚えない。というかあんな体験を何度もしたら頭が狂ってしまいそうだ。


 かと言ってどうするべきか。自分の事を周りに知ってもらう計画は前回失敗している。というかまともな相手と会話したことがないのだ。誰もかれもが魔王であるカヤの言葉に耳を貸さない。これではコミュニケーションもなにもあったものではない。



「勇者――殺すか」



 ピクニックに行くような気軽さでカヤはそう呟いた。人を殺すという事に少なくない躊躇いはあった。しかし、殺らなければ殺られるのだ。既にカヤは勇者に二度も殺されている。ならば自分が勇者を殺したとしても特に問題など無いだろう。




 カヤは早速魔王城から外に飛び立ち、ニヴルヘイムに張ってある結界のすぐ近くに新たな拠点を作ることにした。拠点と言っても寝具を魔王城から持ち出しただけで、それを結界のすぐ近くの荒野に置いただけだ。




「今までこの世界で雨など降ったことはないし問題なかろう。紫色の雲が原因かもしれぬなぁ。まぁ今回に限って言えばありがたいことなの……か?」



 その日からカヤの簡易野宿生活が始まった。

 魔王として生きている為か、別に空腹など覚えなかった。ただただその日その日を結界の外側に思いを馳せながら過ごした。


 たまに見かける魔物相手に戦ったりなどもした。基本的に魔物は魔王が近くに居ても襲っては来ないのだが、カヤが攻撃を当てると戦闘へと発展した。

 そうやって戦闘による技術を高めながら勇者が来るのを待って待って――数百年後。



「む?」



 結界の外に思いを馳せていたカヤは見つめていた結界に変化が生じたような気がした。何か揺らぎのようなものが発生した気がするのだ。



(もしや……来たか!?)



 身構えるカヤ。それとほぼ同時に一人の人間が外から結界の中に入ってくる。

 前回に見た勇者パーティーでは見なかった顔だが、装備などを見る限り、ただの人間には見えない。というか結界の外から入ってきた時点で間違いなく一般人ではないだろう。


 というわけで、




「くたばりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



「え? ちょっま!? うぎゃあああああああ!!」



 カヤは速攻で勇者の前へと飛び出してその鋭い爪で勇者を切り刻んだ。

 そうしている間にも外から結界の中に同じパーティーだと思われる人間たちが現れるが、




「え!? カリム!? どうしたの!? あれ。この子は……いや、あなたは魔王!?」

「何!? 魔王だと!? クソ! まさか待ち伏せしやがってたってのか!? なんて卑劣な真似を……カリムを返せ! 返せよぉ!!」

「カリムさん……。あなたの事は忘れません。カリムさんの弔い合戦です! 皆さん! 人類の平和のためにも魔王を倒しましょう!」

「ヒャッハーーー! 殺るぜ殺るぜ殺るぜーーーーーー!」



 そうして勇者パーティーは突如現れた魔王へと怒りをあらわにする。(約一名は勇者と思えないほど言動が野蛮だったが)

 しかし、怒りをあらわにしていたのは勇者だけではない。むしろ魔王であるカヤの方が勇者に対して憤っていた。



「なぁにが”卑怯な”なのだぁぁ! やはり貴様ら勇者だったかぁ!! 童が何もしておらぬというのに勝手に住居へと侵入してあまつさえ住人である童を殺害しておいて何が勇者なのだぁ!? えぇ!? 勇者だからと言ってなんでも許されるわけではなかろう!? それと勇者ならばそちらこそ正々堂々戦うべきであろう!? 弱った童を五人がかりでいたぶりおってぇ! 忘れておらぬぞ童はぁ!? そもそも五対一など卑怯だと思わぬのかぁ!? 男ならば正々堂々一対一で戦うべきであろうがぁ!」




「「いや、私たち男じゃないですし」」



「やかましいわぁ!! 喰らえぇい! 童の抱える鬱憤を凝縮せし闇よ! 今こそクソムカツク勇者を闇へと葬り去れぇ!!」



「へ? まだ私たち何もしてなぶげぇっ」

「ちょっまだ準備ができて、アーーーーーーーー」

「お、落ち着いてください! 話せば分かっきゃあああああ!」

「殺るぜ殺るぜ殺るぜギャギャア! 殺られるぜぇぇぇぇぇぇぇぇい!」




 カヤは闇魔法にて触れたものを蒸発させる黒の球体を作り出し、渾身の力を込めて勇者たちへと放り投げた。

 球体の大きさはカヤの体がすっぽり入りそうなほどに大きい。さらに言えば触れるだけで対象を消し去る闇はかすっただけでも大ダメージだ。

 それを勇者パーティーは咄嗟の事だったためか、まともに喰らってしまった。

 このニヴルヘイムに来るまでに疲弊していたのかもしれないが、それだけで勇者パーティーは全滅した――カヤの勝利だ。


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