第3章20話『魔王カヤ-2』
前書き
今回の話は魔王カヤの回想であり、カヤ視点です。
その為、出てくるのは基本的にカヤのみであり、洒水やウェンディスは登場しません。
★ ★ ★
「む……んん?」
始まりは唐突だった。
目覚めたのは唐突。
目覚めたのは魔王城、その玉座。
なぜ玉座で自分が目覚めたのか……それは自分が魔王だから。
なぜ自分が魔王なのか……理由なんてない。
ただ、そう決まっているから。
何の説明もないが、すべては知識として頭の中に詰め込まれていた。
そう――すべてはそう決まっている事だった。
気持ち悪かった――
すべて経験ではない。ただ知識として頭の中にあった。
自分は魔王。
この世を破滅させる存在。
そして自分を滅ぼそうと勇者どもが襲ってくる。
ここがそういう世界だと最初から頭の中に知識としてあった。
「なんなのだ……これは?」
起きて早々、カヤは頭を抱えた。当然だろう。カヤは別に世界を滅ぼしたくなんてないのだ。世界を守りたいかと聞かれたらそれも微妙だが、だからと言って滅ぼしたいという願望なんて微塵もない。
幸いと言っていいのか分からないが、魔王が世界を破滅させる存在とされているようだが、カヤにはそんな衝動は微塵もなかった。
それに、不思議と魔王城から外には出たくないという気持ちにされていたため、カヤは日々を魔王城で寝て過ごした。
悲劇はそれから数百年後。
勇者と呼ばれる人間が魔王城へと土足で入り込んできた。
「な、なんだ!?」
自らの寝室へと土足で入り込む勇者のパーティーを前にカヤは動揺する。魔王が世界を滅ぼす存在であり、勇者はそれを滅ぼす存在。それはカヤの知識にはあったのだが、現実ではカヤは何の行動も起こしていない。自分が狙われるだなんて微塵も思っていなかったのだ。
「ようやく見つけたぞ、魔王! 行くぞ! みんな! 魔王を倒してこの世に平和は取り戻すんだ!!」
「「「「おう(はい)!」」」」
「いやいやいやいやいや! 童が何をしたというのだ!? 童を倒さなくても別に平和とか関係ないのではないか!? そもそも童はここでいつも寝ていただけだぞ!? 一体何の罪があるというのだ!?」
「「「「「問答無用(です)!!」」」」」
「ぐっ、なぜだ!? なぜこうなるのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
結果、魔王カヤは倒された。
まぁ無理もないだろう。彼女には魔王としての戦闘力はあったし、確かに知識としては戦闘の方法は知っていた。
しかし、それだけだ。
格闘技の本を熟読したからと言っていきなり強くなるだろうか?
たとえそれを可能とする身体能力を備えていようと、とっさに行動に移せなければ意味がない。知識としてしか戦闘する方法を知らなかったカヤの最初の戦闘はぎこちないにも程があった。
(ああ、これで終わるのだな……。まったく、なぜ童がこんな目に……。生まれ変わりというものがあるのかは知らぬが、あるのならば魔王としてだけは生まれたくないものだ)
そうして、魔王カヤは滅び、
「む……んん?」
何事も無かったかのように目覚めた。
「なんだ? 今、確かに童は勇者のアホに殺されたはずだが……」
しかし、カヤの体に傷などは無かった。戦闘の形跡も魔王城のどこを探してもなかった。
「夢……か? いや、夢にしてはリアルすぎる」
夢にはさまざまな物がある。
ただの願望としてみる夢。恐怖が現出されたような夢。そして……未来の事がわかる夢。予知夢だ。
カヤは先ほどの光景を予知夢だと仮定することにした。それ以外の可能性ももちろんあるのだが、ただの夢と片付けるのは余りにも早計な気がした。
そんなカヤが始めにしたことは、
「外に出るか」
まず、魔王城から外に出る事だった。
勇者が自分の事を狙ってやってきたのはおそらく自分の事をよく知らなかったからだろうとカヤは考えた。
魔王は世界を滅ぼす存在。これがカヤの知識としてではなく、すべての人間の共通認識として植え付けられているのならば、カヤが狙われた理由にも納得が……あまりいかないが、まぁ百歩くらい譲って納得いくことにする。
仮に魔王は世界を滅ぼす存在という共通認識があるのならば、自分と言う魔王が悪者だとみなされるのも致し方ない事だろう。それを覆すような事を自分は全くせずただ寝ていただけなのだから。
ならばどうするか? 答えは簡単だ。その共通認識を破壊すればいい。
実際に多くの人に会って、自分はこういう存在なのだと。争いなど求めない魔王だという事を多くの人に知ってもらえばいいのだ。
「童こそが平和を愛する魔王! 即ち平和王なのだ! さて、そこらの村に住む村人の手伝いでもしてこみゅにけーしょんとやらを構築しようではないか」
カヤは魔王城から羽を広げて文字通り飛び出し、魔王城から比較的近くにある村へとたどり着いた。
眼下を見れば、村人らしきおばあさんが重そうな荷物を運んでいる姿が見えた。
「おばあさんを助ける魔王! 良いのではないか? うむ、そうと決まれば早速荷物を運ぶのを手伝うとしようか」
そう言ってカヤはおばあさんの元へと降り、
「もし、そこの者。よければ童がてつだ――」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ゆ、許してぇ!! こ、殺さないでぇ! 私にはもうすぐ生まれるマサシがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「…………………………」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
無言になってしまったカヤに何を思ったのか、おばあさんは村へと逃げて行った。
「…………………………」
そして一人取り残されたカヤ。その胸中には複雑な物しかなかった。というのも、
「なにゆえ逃げるのだ!? 童が何をしたのだ!? そもそもあの老婆絶対に嘘をついているではないか! もうすぐ生まれそうなマサシって貴様のような老婆が子を授かっている訳がないではないか!? おなかも膨れていなかったしもう少しマシな嘘を言えなかったのか!?」
誰もいない空間へとカヤは罵詈雑言? を浴びせ、
「ま、まぁまだ一人目なのだ。たまたま最初が変人と言うだけであろう。今度はもう少しマシな者が現れると良いのだが……」
そうしてカヤは村の中へと入っていった。
しかし、
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 魔王だぁ! もうこの村は終わりだぁ! 魔王の臭い息で滅びるんだぁ!!」
「こ、こんな村に魔王が何をしに来たんじゃぁ!? まさかこの村を拠点に世界征服へと乗り出したというのか!? 皆の者、逃げるのじゃあ!」
「ひぃぃぃ! お許しくださいお許しください! 私は来年結婚する彼女を幸せにする義務があるのです! 彼女と添い遂げるまで死にたくないんです!」←女性
「い、いやだぁ! 殺さないでくれぇ! 俺は去年結婚したタロウを幸せにしなきゃいけねぇんだ! 野郎のおなかの子のためにも死にたくねぇんだぁ!!」
「………………………………………………………………………………」
村人たちはカヤの姿を見るなりそれぞれ命乞いのように何かを言い残し、カヤの元からメタルスライムのように逃げ出し、家の中へと隠れる。
村の全員が家の中へと引きこもり、カヤだけが村の広場へと立ち尽くすまでにそう時間はかからなかった。
「………………………………………………………………………………」
カヤは肩をプルプル震えさせていた。まぁ無理もないだろう。なにせ彼女の抱えるものは大きすぎる。
彼女の抱えるもの。それは――
「どうしろと言うのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
世界に対する
「なんで童に会う者どもは童を怖がるのだ!? なんだ!? 童が何かしたか!? そもそもあの村人たちおかしいのではないか!? おなごが彼女を幸せにするっておかしくないか!? 男は男で野郎を幸せにするって……そもそも野郎のおなかの子って男に子なんぞ宿る訳が無かろうがぁ! そして何より童が臭い息で村を滅ぼすって何なのだ!? 言った者がハッキリしていれば百度ビンタするところだぞ!?」
そこから例のごとく罵詈雑言? のような何かをカヤは吐き出し、
「ぜぇ、ぜぇ、この村はダメだ。もっとマシな人間のいる村へと行くべきであるな」
そうしてカヤはその村を後にした。
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