第3章19話『かくかくしかじか』




「それでは始めよう――話し合いを」


「ムーーー! ムム! ムーーーーー!」



 いかにウェンディスと言えども手足を縛られ口をを封じられた状態では何もできまい。

 そう――今度という今度こそはこれからの展開について話し合うことができるのだ! 話を今度こそすすめるんだ!

 


「おーい、主様? 気持ちは分らんでもないがそこまで気合を入れることも無いと思うぞ? ただの話し合いであろう?」



「何を言っているんだよカヤ! やっと……やっと話が進むんだよ!? 今までどれだけ脇道に逸れたと思っているのさ? それが今やっと元の道に戻って進めるんだよ!? 今気合を入れずにいつ気合を入れるっていうのさ!?」


「おーい、主様よ、それ以上言うと色々とまずい気がするぞ? 色々と言ってはならんことを言っている気がするぞ?」


 ふぅむ、確かにカヤの言うとおりだ。これ以上この話を突っついたら最悪この世界が滅んでしまうかもしれない。根拠なんてない。なんとなくそう思うだけだ。だけど変な確信がある。



「それもそうだねカヤ。でも大丈夫だよ。こうすれば何の問題もなくなるさ」



「? 一体何をするというのだ? もうすでに色々と手遅れになっているような気がするのだが……」



 この危機? からどうやって脱出するのかカヤにはわからないらしい。まぁ無理もない。



「簡単さ。こうすればいいんだよ。カヤのグロテスクな感じに仕上がっている左腕も僕が何とかしてあげるよ」


 見てて痛々しいし僕のせいであんな傷を負ってしまったんだから僕が何とかするべきだろう。という訳で……そぉい!



★ ★ ★





 見たか……これが秘儀、場面転換だ!

 これを使えばあら不思議。それまでのやり取りが一切合切リセットされるのだ。


「それでは始めよう――話し合いを」



「そうだな。始めるとしようか、主様」



 こうしてやっと話し合いが始まることになった。え? 直前までに何か色々とメタ発言をしていなかったかって? うーん、僕には記憶にないんだけどなぁ。気のせいじゃない? そもそもメタ発言ってなぁに? 僕にはさっぱりだよ。




「まずはレンディア。実はかくかくしかじか。こういう理由で僕と魔王(カヤ)は行動を共にしてるんだよ。だから別に僕が操られているとかそういう訳じゃないんだよ。分かった?」



「へー、なるほどなぁ。そんなことがあったのか。理解したぜ」



「理解してくれてうれしいよ」



「「ハッハッハ」」


「待てい!」


 高度な説明が終了して楽しげに笑う僕とレンディアにカヤの待ったの声がかかる。どうしたというのだろう? 完璧な説明で補足する点なんてないと思うんだけど。



「どうしたのカヤ? お手洗い?」



「そんな事で声を上げたりなどせぬわ!! そうではない! それで説明は終わりなのか? 主様はただ『かくかくしかじか』と言っただけではないか!? そんなので本当に伝わっておるのか!?」



「大丈夫だよ、ねぇレンディア?」



「あぁ、要は魔王とたまたま会って、魔王が武器屋に行きたいって言うんで案内をしてるってんだろ? それぐらいなら俺にも理解できらぁ。……なんだぁ!? そんな事すら覚えられない脳筋だとでも思ってたのかぁ!? ぶっ飛ばすぞ魔王!?」



「誰もそこまでは言っておらぬぞ!? というかなぜ理解できているのだ!? 主様はただ『かくかくしかじか』と言っただけではないか!? それを理解できるのは頭が良いとか悪いとかいう問題ではないぞ!?」



 えー、いいじゃないか。『かくかくしかじか』ってどんな複雑な物事でも一瞬で説明できる魔法の言葉だし何の問題もないと思うんだけどなぁ。



「まぁなんせ俺と洒水は親友だからな。大抵の事なら目を見るだけで分かり合える仲だぜ? なぁ洒水?」



「へ? ……ウン、モチロンサ」



「ほらな? 見たか魔王? これが俺たちの絆の力だ!」




「……少なくとも主様はそう思っておらんようだが……まぁよい。話が済んだのならば行こうではないか主様。武器屋へと案内してくれるのだろう?」



 いろいろと諦めた感じでカヤは脱力しながらぶっきらぼうに言う。はて? そんなに疲れる出来事などあっただろうか? まぁそれはともかく、



「その前に雑貨屋に行って色々と売りたいっていうのもあるんだよね。まぁそれは一旦置いておいて……カヤ、君は何を抱えているの? 僕の力が必要な何かってなに?」



「……ひぇ!?」



 おぉ、驚いてる驚いてる。どれくらい驚いてるかっていうととても女の子がしちゃいけない感じの顔になって驚いてるね。



「ななにゃにゃにをいっておるのじゃ主しゃまよ? わ、わ、童にはなんのことだかわかりゃないでござるよ?」



「誤魔化すのどんだけ下手なの!? カヤは百年くらい生きてたんだよねぇ!? よくそれでやっていけたね!? そして焦りすぎてキャラが崩壊してるよ!?」



 百年も生きていれば隠し事とかうまくなると思うんだけどなぁ。今のカヤからは何年も生きてきた人の老獪ろうかいな感じが全く感じられないよ?



「ぐ、ぐぬぬ、さすが主様よ。童の心の内を読むとはなかなかやるではないか。なぜわかったのだ?」


 いや、なんで分かったのかって聞かれても……、


「そりゃああんな取り乱しまくった状態で『他に希望なんてないのだ! 主様だけが希望なのだ! だから主様の役立つことをしてその代わりに助けてもらおうって思っただけなのにぃ』なんて言われたら分かるにきまってるじゃん? っていうか心の内が思いっきり外に出ちゃってるよね? 隠せてると思ってたという事に僕は驚きを隠せないよ」



「…………童、そんなこと言ってた?」



「うん」



「「…………」」



 久しぶりに訪れる沈黙。すぐ近くでウェンディスが「ムームー」と唸っているがこちらについては一旦放置だ。


「あーー。えっとだなぁ。そんなに切羽詰まってんなら俺も手ぇ貸すぞ? あとさっきはぶっ飛ばすぞなんて言って悪かったな魔王さん」



 やめてレンディア!? この状況でそんな可哀そうな人を見るような目で見つめられたらカヤはもっと惨めな気持ちになっちゃうじゃないか! 気持ちは分かるけど! 気持ちは分かるけど!(大切なことなので二回言った)



「う、うむ。すま、いや、ありがとう」



 顔を真っ赤に羞恥の色に染めたカヤがレンディアへと頭を下げる。え? 何この生き物? すごくかわいいんだけど。さては僕を萌え死にさせるという魔王の作戦かな? だとしたらその作戦の効果は抜群だ。



「ぼ、僕もカヤの事は嫌いじゃないし手を貸すのもやぶさかではないよ。そんな僕に貸しを作ってどうのこうのなんて考えずにただ『助けて』って言えば僕はカヤを助けるよ。水臭いじゃないか」



「ぬ、主様……い、いいのか? 童は主様の役に立てないばかりかむしろ邪魔をしてしまったのだぞ? 本当に童を助けてくれるのか?」


 うるうるという擬音が聞こえてきそうなくらいに瞳を潤ませてこちらを上目遣いで見つめるカヤ。あ、駄目だこれ。キュン死三秒前だ。今ならこの魔王様の為に命だって捧げちゃえそうだよ僕。



「も、もちろんさ! さっきのだってワザとじゃないんでしょ? なら何の問題もないさ。それに勇者たるもの、困った女の子を助けないわけにはいかないからね。それが魔王だったとしても関係ないさ」


「ぬ、主様……あ、あり……がと。ありがとう!!」



「これからの僕の命はカヤの為に使うと誓うよ!!」



 数秒前の僕はキュン死した――


 そしてNEW僕……魔王様の為なら命だって惜しまない豊友ほうゆう洒水しゃすいの誕生だ。

 いやぁ、これは仕方ない。


 あんな顔を真っ赤にした状態からの消え入りそうな『ありがと』でも破壊力が凄まじいっていうのに間髪入れずに眩しい笑顔で『ありがとう!』なんて言われたら白旗を上げるしかないじゃないか。

 さすが魔王、汚い。(いいぞもっとやれ)

 




「へ? あ、ありがとう? いや、そこまでしてもらわなくてもよいのだが?」



「それで魔王さんよぉ。手を貸してほしいって何にだ? 俺にできることがあるなら手を貸すけどよぉ。俺でもわかるように三行でまとめてくれよ?」



「おぬしも無茶を言うのう……。事はそう単純ではないのだぞ?」



「まぁまぁ、レンディアが理解できなかったら僕が後でかみ砕いて八文字で伝えるから大丈夫だよ」



「おぉい主様よ! その八文字って『かくかくしかじか』ではあるまいなぁ!? 童は嫌だぞ!? 童が長年悩まされている問題が『かくかくしかじか』で済まされたら絶対に泣くぞ!?」



 ふむ、このロリババ魔王様の泣く姿か……アリだね――

 


「泣ーいてーいる。カヤの姿を見ーてみーたい」


「主様は鬼か!?」


 涙目で抗議してくるロリババ魔王様。

 この時点でそこはかとなく萌える。

 好きな子を泣かせるいいじめっ子の気持ちが今なら分かるってものだ。


「まぁまぁ。じゃあ『かくかくしかじか』でカヤの過去を済ませないって誓うよ。それならいいでしょ? だからちゃっちゃと抱えてるもの話しちゃおう? 時間をたくさん無駄にしちゃったからモタモタしてると日が暮れちゃうよ」


 僕の使用できる便利ワードはなにも『かくかくしかじか』だけではない。『これこれうまうま』という『かくかくしかじか』と同じ意味を持つ便利ワードだってあるのさ。いざとなればこれを使用するのみだ。

 無論、レンディアが理解できなかった場合に限るけれど。



「軽いぞ!? 童が抱えていた秘密を話すというのにとてつもなく軽いぞ!? もっとこうあるのではないか!? 重い空気になったり息をのんで童が話すのをじっと待つような場面があっても良いのではないか!?」



「んー、それじゃあ家に帰って蝋燭ろうそくでも付けてから話す?」



「重い空気なぁ。そういえば洒水とウェンディスちゃんの噂が話題に上がる度になんか俺を含んだその場に居る奴らがなぜか数十秒口を開かずに居る瞬間があるんだが……ああいうのを重い空気っていうのか?」



「もうよいわぁ!! ここで話すから貴様ら耳の穴をかっぽじって童の話を聞くがいいわぁ!!」



 こうしてカヤの抱えていた秘密を僕らは知る瞬間がやってきた――







































































「「へー」」



「『へー』ではなぁい!! まだ何も言っておらんのだから黙って聞けぇぇぇぇぇ!」


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