第2章6話『セバスが居れば大丈夫』
「姫様、お持ちしました」
「それを勇者様にお渡ししなさい」
「はっ」
コンラッドさんは私の前まで来ると、両手で古びた紙を差し出してきた。
随分と古い地図だなぁと思いながらも、私はそれを開けた。
それは自称神様の所で見せてもらったのとほぼ同じものだった。
地図に広がっているのは6つの大陸。
5つの大きめの大陸が北、北東、南東、南西、北西に点在し、中央にある小さな大陸を取り囲んでいるような形だ。
しかし、神様の所で見せてもらった地図と異なる点が1つだけあった。それは、
「ねぇ、この赤い点はなぁに?」
「赤い点ですか?」
「ほら、ここ」
私はお姫様にも地図が見えるように広げる。
自称神様の所で見せてもらった地図を見たときには無かった赤い点。それが北の大陸の最北端の個所にあった。
「? 赤い点などありませんけど?」
「え? よく見てよ。ここが赤く光ってるでしょ?」
私は赤く彩られた点を指さしてお姫様に向ける。
「? やはり何もないと思うのですが……。ちなみに勇者様が指をさされている場所はレギンレイヴ城周辺。つまり、この城の辺りですね」
え? 見えないの? 見逃さないでしょっていうくらいの大きさの赤い点があるんだけど。
っていうかなんでこんな端っこの方に来てるの!? ユーシャの居る真ん中の大陸からかなり遠いじゃない!
「私、この真ん中の所に行くから! また暇なときに来させてもらうね? 行こう? セバス」
「お供します、お嬢様」
そうして私たちはレギンレイヴ城を出た。
「いえ、だから待ってください! 私の話を最後まで聞いてください!」
出ようとしたが、やはりお姫様に止められてしまった。
もう、こっちは急いでいるのに。
「はいはい。何か他に用があるの? お姫様」
「適当にあしらわれている感じがして複雑ですが、まぁいいです。勇者様、ニヴルヘイムに行くと仰いましたか?」
ニヴ……えっと、なに?
「そのニヴなんとかは分からないけど、私とセバスはこの真ん中の大陸に行くつもりだよ?」
「ならば好都合です。実はそこに魔王が住んでいるのです」
「え? そうなの?」
さすが魔王。世界の真ん中に堂々と居座っているなんて。やっぱり目立ちたがり屋なのかな?
「はい、そうなのです。ニヴルヘイムに住む魔王。その名はカヤ。魔王はこの世界を呑み込もうとしているのです」
カヤ。
魔王の名前はカヤなのね。
なんだか女の子の名前みたい。
まぁもし魔王が女の子だとしても、ユーシャとくっついたりすることは無いだろう。
ユーシャは勇者になりたいと、実に子供っぽい願望を持っている。
そんなユーシャが勇者の敵である魔王と仲良くすることは無いだろう……多分。
「勇者様がニヴルヘイムに行かれるのなら話が早い。私も全力でサポートします!」
「え? 要らないけど?」
「え?」
お姫様が「マジで?」とでも言いたげな顔でこちらを見ている。
いや、セバスが居たら十分だし、別にお姫様の力なんて要らないんだけどなぁ。
「に、ニヴルヘイムには特殊な結界が張ってあるんです! 魔王が自身の城へと誰も近づかせないために敷いた結界があるのです。その結界を外すには他のすべての大陸の
「あ、話が長くなるんだったらもう行きますね?」
その手の説明は時間がかかることで有名だ。そんな物を悠長に聞くなんて時間の無駄以外の何物でもないと思う。
「いや!? 聞いて勇者様!? 結界が張ってあるんです! そのままじゃニヴルヘイムへは勇者様でも行けないんですってばぁ!」
「大丈夫」
「い、いったい何を根拠に……結界で閉ざされたニヴルヘイムへ勇者様はどうやって入るというのですか?」
どうやって? そんなのは決まっている。
「セバスが居れば大丈夫。そうでしょ? セバス」
「お嬢様がお望みとあらばこのセバス。結界の1つや2つ、粉々に打ち砕いてみせましょう」
いつも通り、セバスは私の期待に応える返事をしてくれる。
セバスが付いていて今まで乗り越えられなかった苦難なんて……ユーシャとの事くらいしかないんだから!
「いえいえ待ってください! たかが執事が壊せるような結界じゃないんですよ!? かの結界は魔王とその側近の」
「行こう? セバス」
「畏まりました。急ぎでしょうか?」
「うん。特急でお願い」
またもやお姫様の話が長くなりそうだったので、私はセバスにさっさと行くように伝える。
早くしないとユーシャがハーレムを形成しているかもしれない! それだけは阻止しないといけない! この世界の事、そして現在地くらいは把握するために今まではのんびりしていたが、行く場所と今の位置さえわかればこっちのものだ。あとの事は全部ユーシャと再会してからでいい!
「畏まりました、では」
セバスは私の足を救い上げ、私はそんなセバスに身を委ねる。お姫様抱っこという奴だ。
「話を聞いてください! 結界を壊す方法は」
「失礼。お嬢様が急ぎだと仰るのでここらで失礼いたします。
さようなら。美しきまな板お嬢さん。個人的には今日からバストアップ体操などをしてはどうかと思いますよ? では、失礼します」
そう言ってセバスは私をお姫様抱っこで抱えたままものすごい速さで走っていく。
そして部屋を離れるとき、
「コンラッドォォォォォ!! あのクソ無礼な爺を打ち取って私の前に
「お、落ち着いてください姫様! 今まで私が見たことがないほどにお顔が恐ろしくなっております!」
「だぁれのお胸が恐ろしくないですってぇ!!!!」
「ぐぼあぁぁ! け、決してそんな事は言っておりません! 姫様! おちついてくだ。あ、アーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
そんなお姫様の乱心しきった声と、理不尽に襲われる哀れな家臣の悲鳴が聞こえてきた。
「コンラッドさん……強く生きて。そしてお姫様、ウチのセバスが本当にごめんなさい」
そんな私の声が2人に届くことは無いだろうとは思いつつも、私はそう思わずにはいられなかった。
そうして私とセバスは今度こそ始まりの地、レギンレイヴ城を出た。
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