第2章5話『だが断る』


「どうぞ」


「ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

「む、むぅ」


 そうしてセバス主催の小さなお茶会が始まった。

 セバスはどこから用意したのか、真っ白なクロスによって整えられたテーブルを取り出し、すばやくお茶やお茶菓子などのお茶会に必要な物の準備を済ませていた。


 席に着いているのは私とお姫様、そしてコンラッドさんだ。

 セバスは席に着かずに、私の一歩後ろで待機している。


「どうですかな? この世界でお茶など振舞ったことはないので意見を聞かせて頂けると嬉しいのですが」


「む、むぅ……これほどの茶を飲んだのは」


「不味いです」


 コンラッドさんの言葉を遮って、お姫様は手にしたカップをそっとテーブルに戻す。


「失礼な人間の入れるお茶は、やはり不味いですね。飲む前から分かっていたことです」


「え? そんなに不味い?」


 私はセバスの腕を知っている。彼の作る料理はどれも絶品だ。彼の入れるお茶だって普通に入れるお茶より何倍もおいしい。そんなセバスのお茶が不味い?

 私は茶の入ったカップをゆっくりと口へと近づけていき、一口。うん。


「美味しいと思うんだけど?」


 異世界の人と私たちじゃ味覚まで違うのかな?


「申し訳ありませんお嬢さん。私の力不足ですね。

 それとお嬢様、あのお嬢さんの言葉を真に受けなくてもよろしいですよ? 大方、私に貧乳扱いされたことを根に持っているのでしょう。全く……胸の小さな女性は心の内も小さいのでしょうか、嘆かわしい事です」


「さっきから私に喧嘩を売っているの!?」


「ほんっとうにごめんなさい! セバス! 謝って!」


「申し訳ありませんでした、お嬢さん。たとえ真実だとしても、口に出してはいけない事柄があるというのを失念しておりました、どうがご容赦ください」


「この爺、本当に謝る気あるの!?」


 お姫様がセバスへと詰め寄っていく。

 うん。正直私にもセバスに謝る気があるとは思えないよ。


「まぁまぁ、これでも食べて落ち着いてください」


「誰がこんなお菓子ごときでごまかされるとうむっ」


 目にもとまらぬ速さでセバスはお姫様の口に何かを放り込んだ。あれはお茶菓子かな?


「こんふぁもので、ぬ? ――――――」


 お姫様は声にならない悲鳴をあげ、そのまま動かなくなった。


「姫様!? 貴様ぁ!! 姫様に何をしたぁ!?」


「何もしておりませんよ。あなたもどうぞ」


「むぐぅっ」


 お姫様にしたように、セバスはお茶菓子をコンラッドさんの口へ素早く放り込む。


「なんらこれふぁ? うむ? むうううううううううううううう!!!」


 コンラッドさんもしばらく咀嚼そしゃくした後、その場を動かなくなった。


「お嬢様もいかがですか?」


「うん、頂くね」


 私はセバスが差し出してくれたお茶菓子を味わう。うん、やっぱりセバスの出すお茶菓子は美味しいなぁ。


「美味しいじゃない!? なんなのこれ!?」

「なんだこれは!? 天上の食べ物か!? こんなに旨いもの、食べたことがない!!」


 次いで、固まっていたお姫様とコンラッドさんが戻ってきた。


「お気に召しましたか?」


「ぐ、っぬぅ。あなたは失礼で嫌いですが、このお茶とお茶菓子に関してだけは認めてあげましょう」


「ありがとうございます。コンラッド殿はどうでしたかな?」


「貴様の出した茶とお茶菓子は旨かった。私もその点に関しては同意してやろう」


「ありがとうございます」


 2人ともセバスの出すお茶とお茶菓子を認めてくれたようだ。やはりセバスは凄い。時々出る無礼な言動の数々を除けばもっと完璧なんだけどなぁ。


「こ、コホン。まぁお茶菓子は後に置いておくとしてですね」


 お姫様が取り繕うようにわざとらしく咳払いをする。しかし手は正直だ。テーブルの上にあるお茶菓子を自分の所へと集めている。

 それを隣にいるお姫様の騎士、コンラッドさんが悲しそうな目で見つめているのは内緒だ。


「まず、あなたは勇者ですよね?」


 お姫様が私に目線を合わせて尋ねてくる。


「うーん。一応この世界に来る途中に、自称神様っていう人からそう言われたよ?

 私にこの世界で勇者をやってもらえないかって」


「じ、自称……こ、コホン。まぁあなたが勇者だとしましょう。私が召喚の儀式を直後に現れたのがあなたですから。でも、だとすると……」


 お姫様の視線が私から離れ、私の後ろで控えているセバスに移る。


「あなたは何なのですか? 先ほどの会話から察するに勇者様と同じ世界からいらっしゃったようですが、あなたも勇者なのですか?」


「いえ、私はただのお嬢様の執事です」


 そう言ってセバスは恭しくその場で礼をする。


「でもあの強さ……コンラッドは彼自身も言っていましたがこの国一番の騎士なのです。そのコンラッドを手玉にとるなんて、あなたは」


「あんなものは執事のたしなみですよ。執事ならば誰でも出来ることです」


「「「え?」」」


 その場にいた一同が「んなわけねえだろ!!」と言いたげな顔でセバスを見る。それはもちろん私だって同じだ。他の執事なんて実際に見たことはないけど、テレビとかで見た私の知ってる執事はあんなに強くない。


「……勇者様の世界の執事はとてもお強いのですね」


「あ、あれセバスの戯言ざれごとなんで聞き流してください」


 慌ててお姫様の中に根付きそうになった執事像を否定する。


「え? そうなのですか? やはりそこのクソ執事が特別だと?」


「うん、そうなんです!」


 お姫様の中に間違った執事像が根付くのを未然に防ぐことが出来た!

 危なかった。一歩間違えれば全世界の執事のハードルが上がってしまうところだった。

 それにしてもお姫様。まだやっぱりセバスの事嫌いみたい。凄い丁寧語なのにセバスに向ける言葉だけすごく野蛮チックだ。


「分かりました。では勇者のあなたにお願いしたいことがあります」


 お姫様が私に向き直り、真剣な眼差しを向けてくる。


「どうかそのお力でこの世界を脅かす存在、魔王を討っては頂けないでしょうか? やって頂けるのであれば、我が国は勇者様に対して協力は惜しみません。成功の報酬も、どんなものでもそろえて見せます」


 これは……もしかして!?


「私を元の世界に戻すのが願いって事でも大丈夫?」


「はい、魔王を倒した後でならば喜んでお送りさせていただきます」


「ほ、本当に……魔王を倒せば私やセバス、そしてユーシャを元の世界に戻してくれるの?」


「勇者はあなたでは? まぁとにかくそうです。魔王を討っていただければ元の世界にお送りすることは可能です。そちらのクソ爺をまとめてでも大丈夫です。

 魔王退治。引き受けてくれるという事でよろしいですね?」


 お姫様はもはや私が引き受ける事を確信したように、問いかけてくる。

 もうダメだ。あのセリフを言わずにはいられない。限界よっ、今ね!
















「だが断る」


「え?」


「このエルジット・デスデヴィアが好きなことは、自分で強いと思ってる奴にNOと断ってやる事よ!!」


 KA・I・KA・N!!


 このセリフ! 前々から言ってみたかったけどなかなか使う機会ないのよね~。初めて使えてすごく気分がいい!!


「お嬢様」


「なぁに? セバス?」


「使い方を間違っております。どちらかといえば魔王を倒してくれと言われている私たちの方があちらより立場は上かと思われます」


「あ」


 言われてみれば確かに。


「もしかして……失敗した?」


「いえ、お嬢様が満足しておられるのならばそれで良いのです。失敗などあるわけがありません」


 じゃあそもそも間違いを指摘しないでほしい。

 

「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!! 失敗したぁ!!」


 間違った場面であの名言セリフを使ってしまった! 後悔。そう、後悔しかないわ!


「コンラッド、この方たちが何を言っているのか分かる?」


「いえ、全く」


 気づけばお姫様とコンラッドさんが非常に冷めた目で私を見ている。少し、ほんのちょっぴりだけハメを外しすぎたようだ。


「コホン。ごめんなさい。こっちの話なの」


「は、はぁ」


 いかにも「そんなので納得出来るわけないだろ!」と言いたげな視線をお姫様とコンラッドさんから感じるが無視しよう。


「それで魔王退治だっけ? んー、それよりも先に私にはやることがあるからおいとまさせていただくね? それじゃ」


 そう言って私はその場から退室


「ちょっ、え? お、お待ちください勇者様!」


 とはいかなかったようだ。お姫様に引き留められてしまった。


「なぁに? 私、ユーシャを探しに行きたいんだけど」


「勇者はあなたでしょう!?」


「あ、そっちの勇者じゃないよ? 豊友洒水っていう私のお友達を探しに行くの。この世界に来ているみたいだから」


「誰ですかそれ!? いえ、お待ち下さい勇者様。この世界にはあなたの力が必要なのです」


「あー、うん。ユーシャを見つけた後で時間があったらね?」


「軽いですねぇ!!」


 お姫様がその場に崩れ落ちる。うーん、そんな落ち込まれてもこっちにも予定っていうのがあるんだけどなぁ。時間があったらやるって言ってるんだからそれで納得してくれないかな?


「あ、そうだ。お姫様。この世界の地図みたいなのってない? 欲しいんだけど。あと今いる位置が知りたいです」


「私の要望は聞いてくださらないのに自分の要望はポンポン出すんですねぇ!! コンラッド! 書庫の方に地図があったでしょう? あれを持ってきて」


「御意」


 お姫様の命令に従い、コンラッドさんが退室していく。


「色々文句を言いながら言うこと聞いてくれるお姫様が私は好きだよ?」


「もう、好きにしてください……」


 なんだか疲れ切ったような表情で、お姫様はそう言ったのだった。

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