番外編2 前日譚

これより語るは、一年前。ラールドから逃げてきた時のこと。



***



「こ、ここまで来たら大丈夫そうね……」

 私は言う。息切れが激しく、うまく息ができない。

「そうですね」

 カムレアも息切れをしている。

 当然だ。王都から逃げだしてからずっと、この辺境の土地まで走ってきたのだから。


「……この様子では、皆は……」

 わたしは目を背ける。

 王都では、人が虐殺されていた。『サルバドール国に逆らい、国民とならない者は殺す』と。そんな中、私はおめおめと逃げてしまったのだ。


「……はい。悲しいことではありますが、助かる可能性は低いと、思われます……」

 カムレアも言う。

「……」


「カムレア! あそこに村がある!」

 私は指を指す。この山を抜けた先にある、山に囲まれた集落のようなところが見えた。

「……! ならば、あそこを目指すしかないでしょう。もうすぐ食料も尽きそうだったので」

「なるべく住むところとかも、こういう、あまり無闇に兵士たちが入ってきそうな場所じゃない方がいいかもしれないし……」

「はい」


 私たちは、山を越えようと急いだ。だが、結構高い山だったため、山頂を越え、中腹辺りまで下った時にはもう、辺りは暗くなっていた。


「リーン様。これ以上進むのは危険かと思います。どうされますか?」

「……」

 たしかに、危険な山道を真っ暗な中で歩いて行くのは相当危険だ。かと言って、泊まるようなグッズも何一つ持ってきてはいない。


「……とりあえず、少し休憩をしようと思う。どうやら、ここに丸太があるようなので、カムレアも座って」

「はい」


 もう、お互いの顔も見れないぐらいの暗さだが、そのまま続ける。

「夜に山を歩くのは危険だけれど、野宿するにも……。カムレア、何か持っている?」


「……そうですね。とりあえず、火をつけます。少しお待ちください」

 カムレアはそう言い、立ち上がり、どこかへ行ってしまった。

「……え、1人? ちょっと怖いなぁ……」

 ふと、呟く。

「安心してください。オレはここにいます」

 少し遠くからカムレアの声が聞こえた。


 聞こえてた!? 恥ずかしっ!


 すると、摩擦の音がして、しばらくしてから少しだけ、明るくなった。

「火は付けました。これで、動きやすくなるでしょう」

「そうだね。ありがとう」

「はい」

「じゃあ、寝床の確保だけど、何かある?」

 私は聞く。

「……そうですね……」

 すると、向こうから『ざっざっざっ』と、枯葉をかき分けて進んでくる音が聞こえる。

「っ!」

「この音は、何かが突進してきます!」

 突進? ここは山。突進してくる動物といえば……


「イノシシ!」

 その時、私たちの目の前にイノシシが現れた。

「やっぱり!」

 イノシシは、私を目掛けて突進してきた。

「へ……?」

 やば、足動かない。怖い。

「リーン!」

 カムレアは私の手を引っ張り、そのまま走る。

「まだ追いかけてきていますか!?」

 カムレアは走りながら言う。

「……ええ! 何メートルか後ろに一体!」

「そうですか……。イノシシ相手に直線距離は負けます。なので、複雑に曲がっている道を探したいのですが……」


 ここは山なのだ。山にそんな道があるはずがない。そして今は真っ暗。足の踏み場さえわからない状況で、私の足は木の根っこを踏み、捻挫をしてしまった。

「っ!」

 よろける。そしてその時、ちょうど何かにぶつかった。その拍子に右側の崖に落ちる。

 カムレアも私の手を掴んでいたため、私たちは一緒に崖に落ちてしまった。

「きゃぁぁぁあ!」

 空中に放り出される。そしてそのまま、勢いよく下に落ちていく。

「死ぬ、死ぬ!!」

「落ち着いて、リーン! いい? 衝撃を和らげるから、オレに掴まって!」

「う、うん!」

 私はカムレアをぎゅっと抱きしめる。




 ……その後から、私の記憶は無くなっていた。あるのは、無傷の私と、倒れているカムレアだけ。やっぱりカムレアに守られたらしい。


 ……『ヒール』


 私は言うが、やはりヒールはカムレアには効かなかった。しかも、いつもと違って緑色の光すら出てこない。

 また、大切な人が、一人、死んでしまった__。

 また、涙が溢れる。


「カムレア、カムレア、カムレア……!」



 __すると、ひょこりとカムレアは起きあがった。


「!?」

「え……?」

 私は動揺する。

「あはは、ごめん。忘れていいよ。俺はこの通り、生きているから」

 カムレアは笑う。

「私、1人になったかと思ったの……。

 怖かった。怖かったよぉ……」

 私は泣く。

「……うん。大丈夫だよ。決して君を一人にはしない。約束しよう」

「ほんと?」

「うん、本当」

「……分かった。じゃあ、それは置いておいて、ここ、どこだろう……」

 私は言う。

「……え?」


 そうだ。山を降りて、村を目指していたら、崖の底に落ちてしまったのだ。ここがどこかも、村にどうやって行くのかも分からない。


 それに、今は真っ暗なのだから、何も見えない。


「こっ、困ったぁ……」

 すると、何かが近づいてくる音がした。


「ま、また!?」

 すると、暗いため分からないが、シルエット的には小さく猫背な人? がやって来た。どうやら、灯りのような物も持っている。


「何か物音がしたと思ってきてみれば……。君たちは何者だ……?」

「そ、それは……」


 絶対に実名は出してはダメだ。だって、身分がバレる危険性がある。もうここは、敵陣の真っ只中なのだから。


 すると、猫背な人物は灯りを私たちの方に向けた。その時に、初めてその人の顔も明らかになる。老人だった。猫背で小さい、杖をついている老人。お世辞にも、あまりいい格好をしているとは言えないような人だ。


「あ、貴女は……! キャスリーン・ガルシア様……!?」

 老人は驚き、灯りを落とす。そしてそのまま涙を流した。

「ああ、生きて、生きておられたのですね……!」


 私を知っている人物……? これって、身バレしたってことだよね!? やばくない!?


「あの、それはですね……」

「いいのです。貴方様は何も語らずとも。ええ。儂の名は、ガルダでございます」


 ガルダさん……?


「それで、貴方は何者なのですか?」

 カムレアは私の前に出て言う。

「ふむ、そうですね。私はサルバドール国に反乱しようとしている、反乱分子の1人でございます!!」


「は、反乱!?」

「はい。……それはそうと、貴女様をお助けしたく思います。ですが、あいにく老ぼれの身ゆえ……。この近くに、ヴェルソビエ村という村がございます。そこに行き、身を潜めてください。準備が出来次第……おそらく数年後に、貴方達を迎えに行きますので……」


 老人……ガルダさんはそう言ってから消えた。音もなく。

「うわっ、すぐ消えたな」

 カムレアは驚いている。

「……魔法の類。何か怪しい気もするけれど、とりあえず、ガルダさんの言っていた村、『ヴェルソビエ村に向かおう」

「はい」






 そのまま、私たちは村に行き、その老人とは一切会えずに、半信半疑のまま、一年を過ごした。


 __ここから始まるは、その後の、サルバドール国への反乱の物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女ゲームの悪役令嬢は推したちと平和に暮らしたい! 日向多樹 @ringomirin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ