サンドイッチと意外性

 や、さすがに10㎞移動するのに、徒歩は馬鹿だと思う。

 意気込んだのはいいものの、1時間もひたすらに歩き続けてるとさすがにしんどい。こちとら温室育ちの現代っ子である。燃費も悪ければ馬力も弱い。

 それに、ただの道を歩くのと、街中を進んでいくのはわけが違う。人の通り、信号の配置、車への注意。意識することが多いから、単純に道を歩くのよりも疲れる。

 特に繁華街を抜けるのは、苦行かと思った。

 自分が人混みが苦手だということを、身に染みて思い知ることになるとは……。

 素直に交通機関を使えばよかった。

 せめて運動しとくんだったなあ。

 そんな不健康少年代表の僕の前を、3人は軽快な足取りで歩いていく。

 汀くんはまだわかる。筋肉もそれなりについている方だし、片道五キロの登校を繰り返しているような脳筋……とまではいわないが、運動のできるやつだから。

 茶野ちゃんも、汀くんほどではないがスムーズな脚運びだ。なにかスポーツやってたのかな。

 で、問題は栢野さんである。

 早々に音を上げるとしたら彼女かなーなんて思ってた自分が恥ずかしい。あとフツーに失礼だ。

 でもぜんぜん疲れてる様子ないし、あろうことか汀くんについていけてるのはどういうことなんだ。

 君はこっち側だと思っていたのに!!! 


「あーー! そういうの偏見だよ、なーくん!」


 元気いっぱいといった感じに抗議の言葉を投げかけてくる。

 

「だって、みるからに、運動、できない、タイプです、って感じじゃ、ないか……」


 ぜえ、ぜえ、と言葉と言葉の間で情けない息の漏らし方を晒す自分が憎い。

 体力はない方だというのは自覚していたつもりだったのに、こうしてまざまざと見せつけられるとキツイものがある。

 しかも同級生の女子にすら負けてるなんて……。

 いやほんと。まじで、情けない。

 

「……さすがに休むかー?」


 僕の醜態をみた汀くんが、そう提案する。

 正直休んじゃいられないとは思うのだが、ここで焦ってへとへとの状態で目下最重要キャラの目の前に現れるようなことはしたくない。

 そんな意味わからん自尊心が僕の足を止めた。

 あと1時間すれば目的地にはたどり着くし。

 そんな言い訳を自分にする。


「休む!!!!!」

「おーけー。近くにちっちゃい公園があるから、そこで貰ったサンドイッチ喰おうぜ」


 おお、やった。マスターの手料理はなかなかにおいしいから楽しみだったんだ。

 てかこんな真昼間から学生四人が集まって住宅街にある公園でたむろってるの、他の住人から見たら怪しさが満点なのでは。

 そんな不安が胸をよぎったが、幸い公園には誰もいなかった。

 何だったら、遊具すらない。

 痕跡はあるのだが、それらが取り払われたのであろう痕が、寂しく残っているだけだ。

 あるのは木製のベンチとテーブルが一組と、錆びた蛇口が虚しく空を向いている。

 かろうじて、ブランコだけが揺れていた。

 そのブランコも、片方は鎖の部分がぐるぐると上の鉄柱に巻かれていて、使えなくなっている。

 なんだかノスタルジックになっちゃうね。公園で遊んだことはないけど。

 入り口のあたりで茶野ちゃんはやけに懐かしそうに眺めていた。

 

「ふう……どうしたの? 茶野ちゃん」


 息を整えて、茶野ちゃんへ問う。


「ああ……なんか、あいつにあったときのことをな」


 ああ、なるほどね。

 

「ここが昨日言ってた、初めて会った場所?」

「や、ここじゃない。私は西区の方に住んでたからな。そっちの公園」

 

 ちなみにこの街は壱国堂学園を中心に、その周辺をドーナツ状に繁華街が栄えていて、東西に大きな住宅区が、南北は研究機関の施設が存在する研究区画、という構造になっている。

 ヨーロッパなんかの円形都市みたいにきれいな円を描いているわけではないが、上空から見れば何となく円に近い。そんな感じ。


「西の方にも、公園あるんだ」

「あるよ。なんだ、知らないのか? 探偵」

「あいにく、僕はちょっと前に越してきたばかりでね。あまりこの街に慣れてないんだよ」

「そっか、転入生って言ってたもんな」

「うん、それにこの街は大きすぎてさ。なかなか全域を回ろうなんて思わなくて」

「ははっ、確かにな! あたしも行ったことない場所ばっかだよ」


 そうはにかむ彼女の笑顔は、実に自然なものだった。

 思わずあふれ出したような。

 自然な笑顔をみるのは、想えば初めてじゃないか?

 しかしそれもすぐに引っ込んでしまって、見慣れた鋭い目つきの彼女に戻っている。


「そう、16……もうすぐ17年か、この街で生きてるけど、あたしはこの街のこと全然、知らない。南北の研究区画とかもう全然! 何があるのかもわかってない。なんかでっけえ研究してんだろうなーくらいの意識だ」

「ええ、なんだか薄情じゃないか?」

「でも案外そう言うやつの方が多いんじゃないか? 自分が住んでる場所で何が起きてて、誰が何をしてるのか。具体的なこと知ってるやつがどれくらいいるんだ? あやふやで良くわかってねーって奴のほうが多いんじゃないか? 特にこの国じゃさ」

「国なんて単位で考えるのはあまりよくないと思うけどね……それに、僕はそうは思わないよ」

「そうか? ……そうだな。そうかもしれないな」


 茶野ちゃんは一転して主張をひっくり返すようなことを言う。

 そこからわかるのは、今彼女が言ったことは、具体的な主張があって言葉を紡いだのではなく、言葉を吐き出さずにはいられないから紡がれたただの音であるということ。


「……あたしは結局、みほ《あいつ》のことを何も知らないんだ」


 ああ、それが本音か。

 その心境は、僕には推し量ることはできない。

 察することはできても、共有なんてできやしない。

 その思いは茶野ちゃんだけのものだし、茶野ちゃんだけの認識だから。

 だから僕は、どう声を掛けるべきかわからない。

 掛けていいのかすらも。

 音にすら、ならない。

 こんなときに無力だなんて、なんて滑稽な探偵もどきなのか。


「お~い! 二人ともな~にやってんのさ~」


 憂鬱に差し掛かった僕を揺さぶるのは、栢野さんの声だ。

 ベンチに座った二人は、ハンカチを広げながら僕らを持っている。


「悪い! すぐ行く! ……ちっとナーバスになっちまった。悪いな探偵」


 そう言って、ペロリと舌を出してみせた茶野ちゃんは二人の元へと駆け寄っていく。

 そんな背を追いながら、僕は自分の愚かさに苦笑する。

 彼女の世界は彼女のもので、僕が必要以上に踏み込む必要もない。

 それはきっと、彼女自身が解決していくこと。僕ができるのは、せいぜい重荷を軽くすることくらい。

 絡まりに絡まった、この酷くめちゃくちゃな糸をほどくことだけ。

 謎を解くのが探偵の仕事なんだもんな。たとえもどきでも。

 ほどいた後は、茶野ちゃん次第なのだ。それ以上は、お節介という奴だろう。

 無力さを味わうのも、憂鬱になるのも、それこそ滑稽だ。

 僕はただ、依頼人のために、依頼されたことをする。

 それだけだ。

 はい、自己嫌悪おわり。

 それよりマスターのサンドイッチだ。

 

「うっわあ~~! すっごいおいしそう! そんですっごいオシャレだね!」

 

 そうはしゃぐ栢野さんの気持ちもわかる。

 綺麗に四角く切りそろえられた白いパンは時間がたってもふわふわで、二つのそれに挟まれているツナや卵やハムといった具材は食べ盛りなのだからといわんばかりの量。

 片手で持ってる大きさの一口サイズで食べやすそうだ。

 バスケットケースもシンプルながら、なかに白百合の可愛らしいハンカチが敷かれていて、細かいところにまで気を使っていることが分かる。

 うーん。僕らがあーだこーだ話している裏で、こんなもの作ってるなんて。ほんと粋が過ぎるよマスター。

 ますます好きになっちゃうね。今度行く時はいっぱい注文しよう。

 僕らはそれぞれ、思い思いに好きな具材のサンドイッチをほおばり始める。

 僕が口にしたのはレタスとハムのサンドイッチだった。

 レタスのシャキシャキとした触感は爽やかで、時間が経っているのにみずみずしさを全く衰えさせていない。

 ハムも程よく肉厚で、少し辛めのソースが、痺れるような香りを鼻に届ける。

 おいしい。

 自炊をしている身としては、見習いたいほどの出来だった。

 他の3人も美味しさを味わっているようで、そのまま食事がしばらく続いた。


「ふぉれで、んぐ。どうすんだよ、なごっち」


 何個目かのサンドイッチを口に頬張りながら、汀くんが訪ねてくる。


「なにか策はあんのか?」

「策ね……」


 実を言うと、これといってあるわけではない。

 いつも通りの行き当たりばったりである。

 何かがつかめそうだから、そこに行く。光明が見えるときももちろんあるし、そうでないときもままある。

 いつもはそうだ。

 ただ、今回の場合は半ば確信をもっている。


「ほーん? そりゃまたなんで?」

「昨日さ、結論としてクロスリンクスのライター……言いにくいし長いからライターXでいいや。そのライターXが怪しいって結論になったでしょ?」

「んあ、そうだったっけ」

「そうだったよ。なんでたった一日前のこと忘れるんだ」

「いやだってその後に起きたほうがやばかったし……」


 まあ、それは認めるけど。


「とにかく、だから今からライターXのとこに行って、いろいろ聞きだそうって算段なんだろうけどよ。実際どういう手順で接触すんだよ。アポとかとってあんのか?」

「ないよ。そもそも僕は今日の朝ライターXの居場所を知ったんだから」

「おいおい探偵。それじゃあ相手が会ってくれるかもわかんないじゃないか! どうすんだ? 家の前まで行って突っぱねられたら」

「そうだねーその可能性もあるねー」

 

 僕は2つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとして、すでにバスケットケースの中身が空っぽであることに気づく。

 あー。もっと食べたかったんだけど。まあいいか。

 仕方なく僕はアイスティーに口をつける。甘すぎず、程よい紅茶の渋みが舌を転がって、のどを潤していく。

 ん、これも美味しいな。


「おい。どういうことだ? もしかして無策か? 行き当たりばったりなのかお前は!!」


 おおう。茶野ちゃんもそんな顔しないでほしい。怖いから。


「いやね、これは推測なんだけど。たぶんライターXなんていないよ」

「「はああああああ!??!」」


 汀くんと茶野ちゃんの叫び声は、公園を飛び出して住宅街を満たすかと思うほどだった。




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