幼馴染は変人
はいこれ、と差し出された写真には、二人の少女が並んでポーズをとっているところが写っている。
「そのピースしてるほうがみほで、隣があたし」
向かって右では、長髪の少女が腕を組んでむすっとした表情をしていて、反発心の強そうなちょっとこわい感じの目つきは、目の前の彼女とおんなじだ。
隣でちょこっと手を胸のあたりに挙げながらピースをしている短髪の女の子は、なるほど表情は穏やかそうで、気弱な感じ。目尻の下がった丸い顔は、暴力とは無縁そうな印象がする。
茶野ちゃんが語っていた印象がそのまま当てはまる女の子だった。
しかし、僕が今日遭遇した彼女とは、なんとなく似ているような、似てないような。
顔のパーツは似ている……というより同じなのだが、雰囲気が違う。
彼女はどっちかというとしっかりはっきりと受け答えをするタイプだったし、穏やかという性格ではなかったように思う。
ああ、そう言えば茶野ちゃんが言ってたっけ、人が変わったように明るくなった、って。
顔が同じでも、性格が違えば別人だってことかな。
……いや、事実別人?なのだけど。
なんか混乱してきたなあ。
ただ、これで判明したことが一つ。
「これ、預かってもいい?」
「は? ……や、いいけど。変なことに使うなよ」
一瞬怪訝な顔をする茶野ちゃん。
急にそう言われたら確かに怪しいだろうけど、ちょっとは信用してほしいなあ。
「使わないよ。使うわけないでしょ、依頼人の私物を変なことに使う探偵がどこにいるんだ」
「でも探偵って変人だろ。ホームズだって、金田一耕助だって、ありゃ変な人間だったぞ」
「あれはフィクションだし、ある程度はデフォルメされたキャラクターだから……」
てか意外、茶野ちゃん本読むんだ。
「あ? んだよ文句あっか? あたしが読んでたらわりぃのか?」
ぎろ、彼女の三白眼が僕を睨む。彼女みたいなシュッとしたキレのある目の持ち主にされると、まじで怖い。
「いやいや、別に悪いなんて言ってないよ。でも、なんか印象と違うからさ」
「そうだよ~意外だな~。さーちゃんに読書趣味があるなんて私知らなかったよ!」
むすっと悔しそうにほほを膨らませる栢野さん。友人の知らない一面をほぼ他人である僕と一緒に知ったことがそんなに悔しいのだろうか。
「ま、教えてないからな」
「ええ~何でよ、教えてくれたってよかったのに」
「誰だって、趣味を公言する人はなかなかいないよ、栢野さん」
「そうかもだけどさ」
少なからず隠していることは誰にだってあることだ。
僕がそういうと、茶野ちゃんは少し気恥しそうに、頬を掻きながら
「いやまあ、特別隠すことでもなかったんだが……ま、みほの影響だよ」
といった。
なるほど、そう言うことなら納得だ。
そういえば、ドッペルちゃんも探偵小説が好きだって言ってたな。やっぱりそういう趣向も一緒なんだ。
ちなみに僕が探偵小説をそこまで読まないのは、そもそも読書がそこまで好きではないというのと、なんだか気恥ずかしいからだ。
一応自分自身が探偵なんてものを標榜してしまっているから、そう感じるのかもしれない。
それに、現実にあんな存在達が居たらたまったものではないだろうと僕は思う。ああいう名探偵なんてのはフィクションの世界だからこそ存在を許されているようなものだ。
探偵小説なんて、奇人変人のオンパレード、見本市のようなもんだと思う。
だから読まない。
「そんな探偵の擬きをしてるやつがそれ言う?」
はて、なんか汀くんの聞こえた気がするけど、それは無視。
まるきり自分のことを棚に上げて、話を戻す。
「ともかく、一応預かっておくね」
「わかった」
「あ、もしかしてそれを使って坂佐原のことを探し出すのか?」
「ああ、ま、うん、そうだね」
探し出すっていうか、まあもう居場所はわかってはいるんだけど。
隠し事って、あんましたくはないよなあ。罪悪感がチクチクと僕の精神をいじめてくるのを感じながら、僕は思う。
今更なんだけどね。
そういうことなら先に言えよな、と若干不機嫌そうに茶野ちゃん。
それもそうだ。
「それであいつが見つかるんだったら、いくらでも渡すっつの」
それはそれで、プライべートなことはは大事にしてほしいけど。
テーブルにぶつけそうなほど頭を深く下げながら、茶野ちゃんは
「よろしくたのむ」
と言った。
意外と律儀というな性格らしい。
「それで、なんだっけか——ああ、あたしとみほについてだったな」
「前にも言ったけどな」茶野ちゃんはそう前置きして、訥々と語り始める。
「わたしとみほは幼馴染なんだ。初めて会ったのは……そうだな。もう10年くらい前だ。まだあたしが小さいガキだったころ、何の分別もついていないようなクソガキだったころ。この街に引っ越して来た時に初めてできた友達だったんだ——」
そうして、ぽつりぽつりと、彼女は語る。
初めは、ただ見知らぬ土地で出会った、見知らぬ同年代の女の子でしかなかったのだという。
たまたま連れてこられた公園で、たまたま一人でブランコに乗りながら本を読む彼女を見つけた。
ほかの子供たちはグループになって鬼ごっこをしたり、砂場で遊んでいたり、一緒になって何かをしている。
けれど、ブランコに乗ったその女の子は、そんな喧騒を意に介すことはなく本から目を離さなかった。
「最初は、なんか暗いやつがいるなって、その程度に思ってた。カワイソウなヤツがいるから、ちょっとかまってやろうって、そんな風に思った」
だから声をかけた。
隣のブランコに座って、本を読む彼女のほうを向いて。
『なーにしてるの』
『……ほんよんでるの』
本に向かったまま、その子は答えたそうだ。
『おもしろいの?』
『むつかしい』
『むつかしいって、なに?』
『むつかしいは、すごいってこと』
『すごくおもしろいの』
『うん。むつかしいのは、わかんなくて、でも、それがたのしい』
『……よくわかんない。みんなとあそばないの』
『みんなって』
『ここにいるみんな。みんなあそんでるよ。いかないの?』
『いかない』
『なんで?』
『……わたしは、へんなこだから』
消え入りそうな声で、その子は言ったのだという。
「そんときはさ、たしかに変な奴だ、って思ったよ。だってさ、その時あいつが読んでたの海外のSF作品だったんだぜ。大作って呼ばれてるやつ。しかも原文で」
もちろん当時のあたしには、本文はおろか表紙に何が書いてあるのかすらわかんなかったから、日本語じゃない変な文字が書いてある変な本っていう風にしかとらえてなかったけどな——、と懐かしむように茶野ちゃんはちいさく笑みを浮かべる。
10年前、というと、だいたい6,7歳くらいか。
そんな時期からSF作品をたしなんでいる子供なんて、居ないことは無いだろうが、まず少数派だろう。
それは確かに、変な子扱いされても仕方ないような気もする。
特にその辺の時期の子供は自分や周りとは違う子を遠ざける傾向があることは確かだ。
とにかく、その子は輪の中に入ることはなく、たった一人の世界で完結していたわけだ。
「それで、『わたしは変な子だから……』ってそういうあいつを見てたらさ、なんか無性にムカついて、あたしその本奪い取って放り投げたんだよ」
「ええ……」
僕ら聞き手3人の心が一つになった瞬間だった。
ムカついたて。
奪って投げたて。
みほちゃんにとっては災難な出会いだろ、それ。
いきなり話しかけられて本取られて放り投げられるなんて。
「いやまて、あたしだってそん時はかなり動揺したからな。あれ、自分何やってんだろうって思ったんだからな」
そう弁解する
「あたしもあいつもぽかんとしちゃってさ、あたしは正直、やっちゃった。って思った。でもあいつは全く怒りも泣いたりもせずにどうしてって不思議そうな顔をしてこっち見てきて、それ見てたらあたしの方が怖くなっちゃって、その日は逃げて、家に帰ったんだが」
「いよいよクソガキじゃないか!!!」
耐えきれなかった。ツッコんでしまった。
てか弁解が意味をなしてないじゃん。
「だからそういったろ、クソガキだったんだよ。あたしはさ。ま、ともかくそれがあたしとみほの最初の出会いだな」
「諸々衝撃だよ……。ドッペルちゃんの印象がかすんじゃうよ」
ていうかこれが話せる範囲の出来事なのか。
やばい、ちょっとこの先の展開が気になってきてる自分がいる。
知りたいという欲求がエンジン吹かせてスタンバイしてる!
「えーと、それからどうしたの」
「そのあと、次に会ったのはたしか学園に入学したときだったかな。桜が咲いてた時期だから、これも結構覚えてる」
「ああ、それじゃあみほちゃんと茶野ちゃんって初等部から壱国堂学園にいるんだ」
「そうだな。あたしはそれからずっとこの街で暮らしてるよ」
あの学園に所属している生徒の大半はそうらしい。
僕のような転入生は、至極珍しいと巳角先生も言っていたしな。
「いやそんなことないと思うぞ。俺と千奈津も大体なごっちとおんなじだし。去年からあそこに通ってるからな」
「そーそー。クラスのみんなも、そんな感じだって言ってたよ~」
「へえ」
初耳情報だった。あんまり汀くんと栢野さん以外のクラスメートと交流がないからなあ。
「さすがに転入から1か月たつのに私たち以外の交流がないのはちょっとまずいよ~」
「いいんだよ。孤高の転校生という立ち位置につくだけだから」
なんか探偵っぽいし。
「いやそんなことはいいから。いまはあたしとみほについての話をしようってターンだろ」
「あう、ごめんてさーちゃん」
それもそうだ。
どうも会話が脇道にぶれやすなこのメンツ。
「えっと、初等部に入ってからだったよな。そうだな……」
「あーいや、順番に思い出されても時間かかるから、仲良くなったきっかけとかでいいんだけど」
「あん、そうかよ。そうだなあ。仲良くなったきっかけか」
うーんんと記憶を巡らせていた茶野ちゃんだったが、唐突に「ああ、あれだったな」と言った。
「あれって?」
「あーいや、これはみほ自身の話にもかかわってくるんだがな。あいつさ、一時期いじめられてたんだよ」
「……」
いじめ、いじめか。ぼくはいじめの被害の経験はないが、いろいろ見聞きしたうえで思うのは、程度が低いってくらいかな。
よくあることだし、幼少期ならなおさらだろう。だからといって許してはいけないことではあるけれど。
いじめの定義云々は面倒なので、今は考えない。
「別に、想像しているみたいなひどいのではなかったよ。ただ、あいつの境遇が、ほかとちょっと変わってたってだけだ。……みほには、親がいないからな」
最後の方は、すこし小声になっていた。
親がいない。
それはつまりイコールで家庭がないということだ。
普通ではないということでもある。
よくあることではないが、珍しくもない。
そういうこともあるだろう、という程度の話。
しかし、今でこそそう思えるというだけで、幼少の時期ではそうはいかない。
「初等部の1年から2年の夏までの間、あいつは親がいないことについてからかわれたり、侮辱されたりした。今思えばかなりひどいことも言われてたな。当時はあんまりわかってなかったけど」
「……結構、長い間続いてたんだ」
「そうだな、あたしは……まあ、結果的にあいつを助けた。いじめは無くなって、あいつを侮辱していたやつは学園からいなくなった。それがきっかけで、なんとなく仲良くなった。あいつはいじめられている間もそれを気にしているそぶりを見せてなかったから、もしかしたら必要なかったのかもしれない。それからなんとなく二人で行動することが多くなって、そのままずるずると10年の腐れ縁になった、ってかんじだよ」
茶野ちゃんは話し終えると、ふう、とため息を漏らした。
「ありがとう。聞かせてくれて」
「これが何か役に立つのか?」
「役に立つっていうか、知っておきたかったんだよ」
「なんでだ? まさか、ただの好奇心であたしにみほのことをしゃべらせたとかじゃないだろうな」
みるみる険しい表情になっていく茶野ちゃん。
その憤りはもっともだし、そういわれるのも覚悟の内だ。
たしかに好奇心もあるが、何もそれだけではない。
「強いて言えば、絶対に必要になることだからって感じかな」
「なに?」
「僕はさ、一応これでも探偵ってことになってるから、推理をしなくちゃいけない。でも僕は名探偵じゃないから、飛躍的な推理はできない。超越的なひらめきもない。至って凡庸な探偵擬きだ。だから、推理をするために情報がいる。それがどんなものであっても。たとえこの時点で無関係に見えても」
かつて、師匠は僕の推理を
それに至るまでに節操なく情報を集め、関連付け、あるいは破棄し、また拾い上げる。
考えるための情報と、その情報のために、また別の情報を求める。
それのやり方はあまりにも無謀で、迂遠で、儚いと。
次の瞬間にはすべて弾けて台無しになりそうな危うさがある、と。
しかし僕にはこれしかできない。
「だから、この会話は無駄じゃない」
無駄になんてできない。
茶野ちゃんはしばらく黙っていたが、そのうち「はぁ~~~」と長い溜息をついて、髪をかき上げるしぐさをした。
「…………わかったよ。信じる。そもそも依頼したのはこっちだしな」
「ありがとう」
本当に、無駄になんてできない。
その後、すでに時刻が夜9時を回っていることに気づいた僕たちは、とりあえず翌日に再び集合することを約束してその場は解散になった。
さすがに女子寮に男子が泊まるのは許されなかった。
明日も講義を休むことになってしまうが、まあ仕方ない。
こうして、奇矯にして奇妙な、理不尽にして不条理な一日が終わり、非日常が続いていく。
解決編はまだまだ先のようだった。
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