探偵、始動(2)
「……いかにもな怪しい記事ですね。この記事が、なにか?」
逆佐原さんはスマホを受け取って、記事を一瞥する。
彼女が記事の少女なら、ここに書かれている内容な自身についてのことなのだから、何かしら反応があるか思ったが、怪訝に顔を歪めただけだった。
とぼけているのか、それとも知らないのか。
ドッペルゲンガーという言葉を出したときの彼女の雰囲気の変化は絶対に怪しい。怪しいが、それを指摘するには、茶野ちゃんのことを引き出してこなくてはいけなくなる。
茶野ちゃんの希望だから、それはしたくはなかったが、こうして対面してしまうとほかに方法が亜いことを思い知る。
「その記事で書かれている少女の友人っていうのが、僕の依頼人なんですよ」
「……」
今度は、あからさまに僕のことを睨んでいる。敵愾心を含んだ眼は僕を射抜き、その向こうの依頼人のこと考えているのだろう。
「それが、私とどう関係するんですか?」
あくまでシラを切るつもりだろうか。
もし彼女が本当にドッペルゲンガーであるというならば、本物のみほちゃんのことを知らないわえがないし、逆に本当のみほちゃんだったとしても、ここで記事の内容との接点を否定する必要はない。まあそれも、やましいことがなければの話だが。
「……その依頼人の話では、記事に書かれている少女——そうですね、少女Sとしましょうか。少女Sはとても怯えていたそうです。ドッペルゲンガーをとても恐れ、外にも出られないほどの有様だったとか。とても一人で生活することなどできず、依頼人が一緒に住んでいた時期もあったそうです」
僕は彼女の問に答えず、話を続けていく。
スマホの画面を見ながら、逆佐原さんはじっと黙って聞いている。
「でも、少女Sはある日忽然と姿を消してしまったそうです。依頼人は半狂乱になって彼女を探しました。そして見つけました。しかしどうしたことでしょう、あんなに怯えていたはずの少女Sは見違えるほどに明るくなり、クラスメートと談笑をしているのです。依頼人は思いました。あり得ない、あんなのは少女Sじゃない。あれはドッペルゲンガーだ——と」
彼女はもうスマホを見ていない。
僕をまっすぐ見据え、その視線で貫いている。
ぞわり、と背筋に寒いものが走った。
「——それで、私が少女Sのドッペルゲンガーだと?」
その問いには沈黙で返す。
それを何よりの肯定として。
ひどく冷たい響きだった。
腹の内を突き刺すような、氷点下の声。
彼女はうつむき、肩を震わせる。
「ふふ、ふふふふふふふふふふ」
んふふふふふふふふふふ————。
唐突に哄笑する彼女の眼は、どす黒く渦巻いて、底の見えない闇をたたえ、僕をとらえている。
教室に差す斜陽が、僕らと彼女を橙に染め上げている。
目の前の彼女の顔だけが、ひどく暗い。
世界が歪み、膝が震える。
言いようのない恐怖が僕の精神を襲う。
なんだ?
目の前にいるのは、なんだ?
空気が重く、押さえつけるようにのしかかる。
がたり、と椅子が揺れて、彼女がゆらりと立ちあがった。
恐怖に支配された僕を、見下ろしている。
その奇行に、僕は竦む。
「ふふふふふふふふふふ、ふふ、ふ、ふう」
存分に哄笑した彼女は、肩を落ち着かせて僕を見る。
それを見上げる僕は、彼女から目をそらすことはできなくなっていた。
釘付けになって、動けない。
「————そのとおりよ」
な、なんだって?
何といった?
今肯定したのか?
ドッペルゲンガーであることを?
それはいい。
彼女がドッペルゲンガーであることが分かったのなら、あとは捕まえて茶野ちゃんの目の前に突き出して————。
「ようやくね、探偵」
「————は?」
思考を遮るように放たれたその一言は、僕を混乱させるには十分だった。
「やっとたどり着いてくれた」
なんだ?
何の話だ?
歓迎するかのようにもろ手を広げる彼女は、歓喜の笑みを浮かべてる。
この状況にそぐわない彼女の表情に、一層混乱する。
なん、なんだ?
この違和感は。
なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ!
この重圧は、この緊張は、この恐怖は!!
「探偵というから、餌をまけばすぐに食いついてくると思ったのに、やはりもどきでは本家のように情報を収集する能力は劣るのかしらね。それともこの娘の、幼馴染というやつの所為なのかしら? ま、どちらにしても、いいけれどね。餌を巻いてからずいぶんと時間がかかってしまったけれど、ようやくあなたをステージに上げることができる」
「なにを……いって」
絞り出すような声は、しかし彼女に届いたかどうか。
「いやほんと、苦労したのよね。こっちで私を見つけるのも、私と入れ替わるのも、私のフリをするのにも。あの幼馴染の相手にも」
それは、どういう意味だ?
まるで入れ変わることを前提にして以前から活動していたみたいな。
ドッペルゲンガーにそんな性質があったのか?
いや、そもそもこっち?
こっちってなんだ?
恐怖に混乱した頭が、正常な処理をしてくれない。
うまく考えが廻らずに、思考が定まらない。
そうだ、汀くんは。
汀くんに助けを。
「ああ、隣のその子に助けを求めても無駄よ?」
みると、汀くんはまだ寝ている。
白目をむいて、泡を吹いて———?
「死んじゃいないわ、ちょっとむこうに行ってもらってるだけよ」
そう笑う彼女は、僕の顎を掴むと、グイと引き寄せる。
「ふうん、ちょっとはかわいい顔してんのね。覚えておくわ、探偵さん」
がたんと、そのまま突き飛ばされた。
彼女はそのまま踵を返そうとする。
「がっ…ま、て……」
追いすがろうと、彼女の方に目を向けた瞬間。
僕は、現実を見失った。
彼女の背後には、無数の泡のような、渦のような、極彩色に彩られた何かが存在していた。
陽炎のように揺らめくそれは、まるで作り物めいてそこに在った。
「待たない。私の役目はここでおおむね終了だけれど、きっとまた会いましょう」
泡のむこうに消える直前、くしゃりと髪をかき上げ、どこからか眼鏡と水色のブルトンハットを取り出し、それを身に着けた。
はねた癖毛に、その装飾品は。
「き、きみは……」
「これでようやく、プロローグが終わる。それではまたね、愚弟子くん♥」
そう言い残し、彼女は消えた。
逆佐原さんのドッペルゲンガー、あるいは、昨夜のロストガールはまたしても忽然といなくなった。
まるで、最初からそこに存在していなかったかのように。
茫然とするしか、ない。
非現実的な状況の中、僕はまったく動くことができなかった。メデューサに睨まれた哀れな兵士のようだった。
彼女の言葉は何一つ要領を得ず、まるで彼女の存在そのもののように理解のできないものではあった。
けれど、その混乱の中、僕は確信する。
これはまだ事件ですらなかったということを。
そして。
これから起こるの物語はきっと最悪なものになると。
<<LONG, LONG PROLOGUE. IS THE END !>>
<<AND. DESPERATE TALE START !>>
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