探偵、思考(3)
翌日、僕は
ぽつぽつと並ぶ住宅たちに紛れ込むようにして存在するこの隠れ家は、マニアの間で好評らしい。そんなこじんまりとした店の奥、
【喫茶はいぱあ・ぼりあ】、ひらがなのおかけでなんとなくかわいい雰囲気を漂わせるものの、隠し切れない狂気が垣間見えそうな店名は、マスターの趣味なのだそうだ。僕自身は何度か足を運んだことがあるものの、学園でここに来たことがあるという生徒は聞いたことがなかったので、ここを待ち合わせ場所に指定されたときには正直驚いた。城下街――学園生はみな学園近くの繁華街のことそう呼ぶ――にはスタバやドトールもあるはずだ。女子高生らしくいくならそっちじゃないのかなあと思ったが、女子高生全員がおしゃれというわけでもないだろうし、そもそもこれから話そうとしている内容だって、衆人観衆に聞かれたい内容ではないので、僕としてもこういう閑散とした場所は好都合だった。
守秘義務、守秘義務。
ただ、依頼人にとって、この場所を選んだのは、探偵(もどき)への依頼なんて、知られたくないというのが理由なのかもしれない。
僕は目の前に座っている少女――「
闊達とした佇まいは、予想していた印象よりもずっと整然としていて、きっちりと自分の足で立っているのだという主張を感じ取れる。
肩まで伸びる髪は右側は赤、左は紫を基調とした差し色が部分的に入っていて、先端でつんつんと弱く跳ねている。黒いレザージャケットに、鎖骨の強調された黄色いインナー。同じく黄色と黒のチェック柄のスカートからはすらりと伸びた長い脚。それを損なうことのないシャープな長身。
依頼人である「茶野ちゃん」は、カッチョイイオンナノコなのだった。
こういうファッションて、なんていうんだろうなあ。
パンクぽい。
ヤンキーっていうほどではないけど、長身と鋭い眼光のおかげで、威圧的に見える。
ほわほわしている栢野さんの友達だと言うから、彼女もやっぱりほんわかしているのかと思っていたのだが、こう対面してみるにその予想は大ハズレだったことを痛感する。
まぁでも、ふわふわしている栢野さんと、ちょっとアウトロー気味な空気を纏う茶野さんは正反対であるが故に案外噛み合っているのかもしれないな。
こうなると、俄然その「ドッペルゲンガーに行き合った友達」のことが気になってくる。どんな
「それで、あんたが探偵ってやつか?」
脇道にそれていた思考が、首根っこを掴まれて本道に引き戻される。ハスキーな声は、ぶっきらぼうなものだ。
「ああ、うん。そうだよ。ぼくがその探偵ってやつだ。よろしくね
そういって僕は左手を差し出す。彼女はそれを無視して、「初対面の女にいきなりちゃんづけたあいい度胸だな」と言った。
行き場の無くなった手をプラプラとさせながら、僕は肩をすくめる。
「栢野さんがそう呼ぶもんだから、ついね」
「は、お前のせいかよ。
「てへへ。ごめんごめん」
片目を閉じながら、舌を出して見せる
うわ、かわいい。そしてあざとい。
頬を緩ませる栢野さんに、すこしだけその場の空気が和やかになる。茶野ちゃんも、力の入った眉間を少し弛緩させているようだった。僕の隣の
わかりやすいなあ、汀くん。
「んんっ……。ま、べつにどう呼ばれようがいいけど。さっさと本題にはいろうぜ、探偵サン」
咳払い一つ、茶野ちゃんは仕切りなおすようにそう言った。
「じゃあ、そうだな。僕にはどうも、話がいまいち見えてこないからさ。まずはそもそもの話を聞かせてくれないかな」
「んあ? 鳴から聞いてないのか?あんたにはドッペルゲンガーを捕まえてほしいんだよ。失せもの探しは探偵の十八番だろ?」
本家本元ならともかく、僕は擬きだけど。
「それは聞いてるよ。でもドッペルゲンガーなんてさ、正直僕は、都市伝説で超常現象の類だと思っているんだけど、まるで実在が分かり切っているように言うよね。友達が言っていたからにしては、信じるに足る要素はまだそこまでないと僕は思うんだけど。茶野ちゃんはそうは思わないってこと?」
「思わないね」
即答だった。
「それは、どうして?」
「みほがそう言ったから。みほが在るっていうならそれは在る。私はそれを信じる」
それは、単純にして絶対な法則であるとでもいうように一切のふざけた意思はなく、一切の虚飾なく、一切の欺瞞もない言葉だった。明快すぎてわざわざ説明する必要のない、ただそうであるがゆえにそうあるとでもいうように、
断言した。
僕は、それに言葉もない。そんな風に強く断言してしまえる彼女に、呆れすら通り越してただ押し黙りそうになる。
そこまで信じているのか、そのみほっていう娘。
「そ、うか。じゃあ、ドッペルゲンガーの存在に対する真偽は一旦おいておこう」
「真偽も何も、いるんだってば」
「…………」
「信じてないな? なんだよ、探偵のくせして頭が固いんじゃないのか、あんた」
あんまりな言い草だった。探偵を何だとおもってるんだ。陰陽師とかエクソシストみたいなオカルティズムな職業ではないんだが。そういう専門家ではない。あ、いや、でも最近は心霊探偵やら超常探偵やらもいるのかな?あんま探偵小説読まないからわかんないけど。探偵ごっこをしているくせに大本そのものの作品に触れていないのはなんだか悪いような気もするが、義務ってわけでもないだろう。
「いや、わかった。信じるよ。信じる信じる」
「…………」
いぶかしげに見る茶野ちゃん。こんな中身のこもってない言い方されたら誰だってそういう微妙な表情になるとは思う。実際、正直僕は信じていない。ただ、そう言う姿勢を見せることは大事だろうと考えただけだ。
それは茶野ちゃんもわかってるようで、「ふん、ま、いいか」とぼやいている。
「で、ドッペルゲンガーを捕まえてほしいって話だったけど」
「ああ」
「結局さ、その捕まえてほしいドッペルゲンガーっていうのは、君の友達のドッペルゲンガーってことだよね?」
僕がそう聞くと、茶野ちゃんはその三白眼を細めながら、振り返るように話し出した。
「そうだな。みほ――
ぽつぽつと話を進めていく茶野ちゃん。僕と、汀くんと、栢野さんは、黙ってそれを聞いている。
「だから最初は全然気にしていなかった。でも、日に日にみほはおびえるようになっていった。多分ネットでいろいろ調べたんだと思う。そいつの怖がり様は尋常じゃなかった。街に出るのもおびえているみたいで、あいつは自分の住んでる部屋からすら出てこれないようなありさまだった。鏡も全部取り外されてて、カーテンは閉められて窓の縁のテープで固定されてて、テレビもスマホもパソコンも部屋の隅に追いやられてた。なんていうか、自分の像が移るものを徹底的に排除しようとしているみたいだった。その様子を見たら、あたしはさすがに黙って見てはいられなかった。これは本当に何かあったんだ。何かがあたしの幼馴染に起きてるんだ……。そう思って、みほにいろいろ聞いた。そしたら、もう何日もずっとドッペルゲンガーに見られているんだって言った。外に出るともう一人の自分が、じっとこっちを見ながら着いてくるんだ、だから外に出ちゃあいけない。出たら私は死んでしまうから、魂を連れ去られてしまうから――」
その時のことが浮かんでいるのか、茶野ちゃんは少し苦しそうに眉間にしわを寄せる。
僕は想像する。
自身と同じ姿をしたモノが自身をつけ狙っている。
日に日にそれは近づいて、自身の影のようにそばにいる。
それは行き会うと死ぬのだという。
自分以外の人間には見えないのだ。
それが、自分を闇から見ている。
なるほど。これは、怖い。
「でも、それを聞いてもあたしは、ドッペルゲンガーのことは信じていなかった」
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