◆9

「どうだ、少しはホラーじみて来ただろ?」




 にやりといやらしい笑みを顔に貼り付けて、護身術が何かのように僕の腕を掴んだままくるりと手首を返す。

「……痛っ、ちょっ、と」


 何がしたいのだろうか……、意図がまったく解らず、若干の不信感が募りかけている。

 正常の向きと逆に捻られた腕に鈍痛が走り抜けた。……普通に痛い。



「痛かったのかい?」

「……はい」

「それはすまなんだ」

「……」


 即座に絵笑むのをやめてしまうと、まじまじとこちらを凝視したまま、また値踏みするような表情がのぞく。




「無彩色」




「無彩色?」

 同じ単語を反芻すると、雨に打たれた言葉が地面にそっと吸い込まれていった。

 やがてゆったりとした所作で投げ出された本と傘を拾い上げると、本を小脇に抱え、ビニール傘をこちらに差し出した。


「少年の表情には色が無いな。この数分ずっと同じ色だ」

 無言で傘を受け取ると、拗ねたような、はたまた不貞腐れたような顔でキッとねめつけられた。


「無表情と色が無いっていうのは、同義ではない」

「……」

「常に笑んで居ろ、とは言わないが。少年は色彩不足だな」

「色彩不足、ですか」

「そう。勿論目に見える色のことではないのだよ。先刻も言っただろう。“死人に口無し”だと」


「確かに、……確かに人は死んだら口をきくことなんて出来ませんが」


 何を伝えようとしているのだろう?

 こんな雨の降る日に、真っ赤な花壇のその前で、彼女は、何を――――



「貴女は、何が言いたいのですか?」


 はっきりと言いきっているようで、どこか抽象じみたニュアンスの彼女。何かを伝えようとしているのは確かなのに、それが何なのか掴むことが出来ない。



 死人に口無し? そもそも目の前の少女は、死んでいるのではなかったか?




「私はな、お前に幸せになって欲しいんだ」

「!」


 番傘を持つ手をかえ、短く息を吐き出すと彼女はそう呟いた。声音や話し方のひとつひとつが、急にスッと大人びて聞こえる。


 



 どんな言葉が良かったのだろう。後になって考えてみても、その言葉への答えは上手く見つからなかった。


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