◆7
「は――?」
図書館の花壇に咲く、雨露に濡れた赤い紫陽花。一角だけ染め上げられた、そのぬらぬらとした赤の正体は――
「それは私の死体。死体が埋まっているからなのだよ、少年」
「ちょっ、と。待って」
死体?
まったく予想していなかった方面からの解答に、話の前後を見失ってしまった。
「死体って、貴女の?」
「そうだ」
「待って、何でそうなるの」
「少年の理屈は合っているのだよ。
アルカリ性の強い土壌から養分を吸い上げた紫陽花は赤くなる。酸性土壌かアルカリ性土壌かが、紫陽花の色素を決める要因になる。
――だが、アルカリ性と言えど此処まで真紅にはなれない。
此の紫陽花はね、私の死体から血を吸い上げているのだよ。
――血液は美しい。紛れもない生命の象徴だ。私の生命の証を吸って、この花は色を纏うのだ。……少年も思ったのだろ? 滴り落ちる滴を見て、“血のようだ、”と」
……確かに、確かに自分は思ったのだ。息を潜めているような、異様な空気を纏う紫陽花から、血が滴っているように見えると。
だが普通に考えれば有り得ないにも程がある。自分は得体の知れない少女の口車に乗せられて、冷静さを欠いているのだ――恐らくは。
?
余りに突飛な解答の末に、一つの物語を思い出す。
「梶井基次郎の、話?」
似たような話があった気がした。あれは少し陰鬱で、桜の木の話だったけれど。
桜の木が美しいのは、その下に屍体が埋まっているから――
「良い線だな」
「え?」
「思案するのは良いことだよ。少年は本が好きなのだな」
そう呟いて、彼女は訝しげな表情を解いて柔らかく微笑んだ。無意識下に、その表情が誰かに似ているような気になったが、その感覚は直ぐに薄れていった。
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