◆5
突然の声。
雨に連れ去られていた意識が、はっ、として花壇の前に戻ってくる。考えるよりも先に、身体は背後の声と対峙しようとしていた。それは能動的、かつ受動的でもあり、一連の義務付けられた行動のように、自分の意志で、誰かの意図で後ろを振り返った。
「……神経質な顔つきだな、文学少年よ」
目の前の少女はそう言った。
視線が交わった刹那、高揚したように一瞬目を見開いて、赤い番傘を持つ指先に力が込められるのを感じた。少女……の風貌はなんだか時代錯誤している。例えて言うなれば、明治・大正時代の女学生だ。赤い番傘を差し、紫の矢絣模様の着物に、臙脂色の袴を穿いている。白い足袋、穿いている下駄には小さな飾りが付いていた。
レトロな少女趣味と言ってしまえばそれまでだが、目の前の少女はどこか異なる空気を纏っているように感じる。
……この近代的な図書館の敷地内で、彼女は明らかに異質だった。
この 赤い 紫陽花 の ように。
「何を読んでいる?」
「え、」
番傘から手を離さず、顎で示された。
「それだ。小脇に抱えている書物だよ」
「……ポーです、けど」
「エドガー・アラン・ポーか。日本作家の方も読むのか?」
「乱歩ですか? 読みますよ。……雨の日なんかは、なんとなく」
「他には?」
「……漱石とか。安吾とか。太宰……とか」
「ほう」
少女はどこか満足げに頷くと、ふと傍らの紫陽花に視線を落とした。滑らかで艶やかに映るその仕草。少し気まずくなって、同じようにその視線を辿る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます